それから十数年が過ぎ、私は何気なくWebを見ていたところ、D部長が医大教授になったことを知った。ネットで検索すると、研究論文は相変わらず国内誌のみでImpact Factorゼロのまま。この結果は出来のいい大学院生には負けるレベルである(私は大学においては講師止まりだったが、IFは13だった。医大教官としては、陰で失笑されないレベルだと思っている)。
女医の場合、アラフォー以降には、医者としての腕が成長する可能性は低い。しかし、彼女には「上に媚びるためなら、違法行為も躊躇しない」という高いゴマすり能力があり、「結局のところ、大学病院で生き残るには私には“これ”が足りなかった」ことを思い知らされた。その夜は、「天はK大醫學部の上に人を作らず」とでも言いたげなD女史のドヤ顔がフラッシュバックして、私はよく眠れなかった。
症例2:「嫁して三年、子無きは残業せよ」
ある公立病院の常勤女医Eは「子育て中」なので残業免除だった。基本的には、17時以前に終了が予想される短い手術しか受け持たないのだが、それでも手術というものはやってみないとわからない部分も大きい。予期せぬトラブルで17時以降まで手術が延長すると、E先生は「後は〇〇先生に見てもらって」と看護師に言い残してサッと帰宅することが恒例化していた(「〇〇先生」には後輩や非常勤医師のような、下の立場の医師が指名される)。手術内容の申し送りもなく私を指名して帰宅することが数回続いたために、私は帰宅準備モードのE先生に「手術中に帰宅する場合には、それまでの経過を申し送りしてください」と申し入れた。
E先生はゴニョゴニョと言い訳した後、私の耳元で「ウマズメ」とつぶやいた。一瞬、なにかの聞き間違いかと思ったが、女子更衣室で再び小声で「ウマズメ」と言われたので、たぶん「産まず女(石女、不生女)」の意味だったのだろう。確かに、私は結婚後も数年間妊娠しなかったのは事実だが、「嫁して三年、子無きは残業せよ」とでも言いたかったのか? 私は反論する言葉を失い、その場では返答できなかった。
今にして思えば、E先生は「ウマズメ」発言で私が逆上することを期待していたのかもしれない。しかしながら、私は医大入試を終えてからというもの、古典などは読んだことがない文学的素養のない人間なので、そもそも「ウマズメ」という単語そのものにピンとこなかった。そして、よどみなくこういうセリフが出てくるあたり、E先生は過去にも同様の手段で、何度か他人を陥れていたのでは?と勘繰ってしまう。
このE先生も、現在では公立病院管理職にあり、たまーに雑誌の女医活用特集などに登場しては、「出産・育児を経験して、医師としても人間としても成長できた」といったご高説を述べている。
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