53歳「絵の天才」と呼ばれる男がなお抱く渇望 やりたいことと適性の一致は幸運だった

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絵のいいところは、何百年も前からうまい人たちが山ほどいて、天狗(てんぐ)になりようがないというところだという。たとえばディエゴ・ベラスケス(17世紀、バロック期のスペイン画家)の絵画を見ると、どこも追いついていないと思う。

「あのくらいのうまさにちょっとでもなりたい!!というのがいちばんの原動力ですね」

とはいえ、寺田さんの絵を見て「彼は図抜けた天才だよ」という人は多い。寺田さん自身は、才能についてどう考えているのだろうか?

「才能というのがいまだによくわからなくて……。自分にもあるんだろうなあとは思うんだけど、中学の頃の下手な絵を知っているからなあ。うまくなるための時間をいろいろな人の力を借りて(たとえばメビウスとか)短縮させてもらっているから、どこからが才能なのかわからない」

ただ、母方の祖父が亡くなった後に、自分の才能の源泉を見たような気がしたという。

「92歳で爺ちゃんが死んで、そのとき初めて彼が絵を描いていたことを知ったんですよ。若い頃は描いてたけど、戦争の後は描かなくなったって。爺ちゃんが15歳のときに描いた絵を見たら、俺の線とすごく近かったんですよね。それこそ、『俺が描いたかな?』と思うくらい。山から見た港の風景を描いているスケッチだったけど、15歳にしてはめちゃくちゃうまいし、感動した。もし俺に才能があるとするなら、爺ちゃんからいくばくか来ているのかな、と思いましたね」

寺田さんの話を聞いていると、修行僧のありさまを見ているようなそんな気持ちになった。修行はとてもつらいものだけれど、反面、すばらしく面白いものだ。1人で淡々とキャンバスと戦い続ける寺田さんは、とてもカッコいい。

自分がもらったものをどう若者に返していくか

そして寺田さんは自分に厳しい反面、他人にとても優しい。40代後半くらいからは、若手を育成することに興味が湧くようになってきたという。

「俺に子どもはいないけど、子どもがいたら成人するような歳になってきてて、自然と何かを育てることに意識が行くようになってきたんだと思います。といっても、若い人らとはあまり交流してないけど。若い人にしたらオッサンがそばにいたらウザいし。オッサンはオッサンとつるんでるほうが社会のためになるわけで(笑) 。ただ、まかり間違って迷って入ってきた若い人をたたき潰すことはないわけですからね」

自分が先人にもらってきたものを、どう若者に返していくかを考える。

「端的に言えば、飯をおごったりね。いいよねご飯は!! 基本だからね。すごい表面的な行為だけど、やっぱり若くておカネがない時期に奢ってもらえるとうれしいし。俺もさんざん奢ってもらってきたから。超裕福ではないけど奢れるくらいは稼いでるし。

仕事のやり方も聞かれたら答えるけど……。まあ15歳以上の人は勝手に思ったとおりやればいいよって。「根本的には自分でやれよ!!」 っていうオーラを全開に出して接するようにしてます。考えて考えて挑んで、それでものになるかどうかギリギリの世界ですからね」

村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター

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むらた らむ / Ramu Murata

1972年生まれ。キャリアは20年超。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教組織、富士の樹海などへの潜入取材を得意としている。著書に『ホームレス大博覧会』(鹿砦社)、『ホームレス大図鑑』(竹書房)など。

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