悪意がある人が「統計」を扱うとかなり危険だ 統計は騙し、盗み、中傷し、人をも殺す

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──身近な差別から始まると。

特定のグループの悪口を見込んで統計分析を始めるのは、本来科学が満たさなければならない価値自由を放棄した行動や言説に結び付く。それこそ女子より男子のほうが教育効果は高いといった偏見や差別をあおる発言にもなる。

近年の青少年犯罪に対する認識も、統計的事実は一貫して減少しているのに増加していると思いがち。人口1万人当たりでも減少傾向なうえに、青少年の数自体が減っている。にもかかわらず、とかく青少年の犯罪が増加していると口をそろえる。要するにデマが流布してしまう。それだけに外国人犯罪や特定集団への偏見にも気をつけたい。

一般大衆は目先の利害が一致する言説に飛びつきがち

『統計は暴走する』 (中公新書ラクレ)(中央公論新社/254ページ)(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

──統計は殺人・環境破壊にも加担しているのですか。

信じられないような統計言説がもてはやされる。受け手の側は聞きたい話をたまたま話されるとまんざらではない。たとえば地球の温暖化は悪夢だし暗澹(あんたん)とするので聞きたがらず、二酸化炭素をどんどん出しても大丈夫だとの話で溜飲を下げたい。たばこを吸い続けても害はないという話なら聞きたい。つまり冷静に考えるとおかしいと思うような間違いは認めたくない。一般大衆は目先の利害が一致する言説に飛びつきがちだ。

──統計解読の極意は。

一見しておかしいと思われる統計が出てきたら、自分で極力補って読む。もともと読み手が補わないと内容が成り立たない場合もある。統計を発信する側も読む側も、神ならぬ身だから完璧ではない。

統計には読み手側に内在する偏見や先入観に迎合したり、無知や事実誤認に乗っかったりするものがある。自分自身の中にそういうバイアスがかかっていないか、同時に検証しながら読むことが必要だ。

塚田 紀史 東洋経済 記者

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つかだ のりふみ / Norifumi Tsukada

電気機器、金属製品などの業界を担当

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