「問題の棚上げ」が合理的と考えられる場合 「先送り」の意味:勝者と敗者のインセンティブは食い違う

✎ 1〜 ✎ 10 ✎ 11 ✎ 12 ✎ 13
拡大
縮小

無用の悲劇を止める方法、終戦は早められるのか?

さて、終戦の時期が遅れることには、敗戦国、とりわけ戦争責任者が受けるであろう処罰、つまり、彼らが予想する自身にとっての多大な損失発生の影響も大きい。

もし、なんらかの方法で、敗戦国の責任者に対する罰を軽減すること、あるいは戦争のさらなる継続によって罰がより厳しくなることを、戦勝国側が信憑性のある形で約束できれば、決定の権限を持つ者が敗戦を先送りするインセンティブは減らせる。

しかし、こうした解決策の実行には困難が立ちはだかる。まず後者の「厳罰化」について、個人への罰としては、死刑以上の選択肢がないという制約が問題になる。すでに自らの死を覚悟した敗戦の将には、(「本人のみ」を対象とする限りにおいて)どんな脅しをチラつかせたところで、追加的な効果は期待できない。

では、前者の「処罰減免」はどうか。こちらは少なくとも二つの問題を抱えている。一つは国内政治的な問題、戦勝国側の国民感情の壁だ。最終的に勝利を収めるとしても、その過程では戦勝国も大きな犠牲を払っているだろう。終戦を早めるためとはいえ、自国民を多く殺害した敵国の将を厚遇するなど、なかなか世論が許さないのではないだろうか。

二つ目の問題は、新たに戦争を引き起こすインセンティブに関連する。もしも大規模な戦争を引き起こして負けたときに、当事者としてその責任を深く追及されないのであれば、そもそも戦争を仕掛けやすくなってしまう危険があるのだ。

いったん戦争が起こってしまった後、事後的には、早期の終戦を促すため、責任者への処罰を減免することが望ましい。しかし戦争が起こる前、事前には、できるだけ厳罰を設定しておくことがベストになる。

勝敗がはっきりと決まる事柄をめぐる制度設計は、言うまでもなく難しい。ただ、戦争の例で述べた、敗者の側のみが終結を先送りにしようとすることや、事前と事後のインセンティブの違いを考慮に入れることで、より建設的な議論ができるのではないだろうか。

 

【初出:2013.8.17「週刊東洋経済(マンション大規模修繕)」】  

(担当者通信欄)

記事にある、「先送り」にはそれで良いケース、良くないケースどちらもあるということ。何かコトが起こるにしても、前と後では受け止め方、対処方法が変わるということ。そんな当たり前のようで見落としがちな話を改めて認識することで、日々の仕事から、しばしば問題となる領土のこと、いざ何かコトが起こってしまったときの現実的な対応までを、冷静に考えるためのヒントが得られるのではないでしょうか。

さて、安田洋祐先生の「インセンティブの作法」最新記事は2013年9月9日(月)発売の「週刊東洋経済(特集は、新成長ビジネス100)」に掲載です!

【今日で世界が終わるなら、僕らに何ができるだろう】

一年にわたる連載も今回が最終回です!「もしも今日で世界が終わってしまうとしたら、何をしたいですか?」そんな問いにああでもないこうでもないと話し込んだことが多くの方にあるのではないでしょうか。最後の大散財!なんて答えは定番かもしれませんが、記事では、それが実は不可能であることを解き明かします!

 

今こそ数学の学びなおしを、経済学のトピックから!『改訂版 経済学で出る数学: 高校数学からきちんと攻める』(編著:尾山大輔・安田洋祐、2013年、日本評論社)

 

制度設計を鋭く分析、経済学初心者にも理解しやすい丁寧な解説でマーケットデザインに触れられる『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ』(安田洋祐編著、NTT出版、2010年)

 

ソロモン王のジレンマや企業が直面する問題への経済学的解決のヒントが提示される『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社、2012年)他のパートも豪華な執筆陣。現実問題に挑みながらも知的好奇心を刺激します!

 

 

安田 洋祐 大阪大学大学院経済学研究科教授

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

やすだ ようすけ / Yosuke Yasuda

1980年東京都生まれ。2002年東京大学経済学部卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し、経済学部卒業生総代となる。2007年米プリンストン大学よりPh.D.取得(経済学)。政策研究大学院大学助教授を経て、2014年4月から現職。専門は戦略的な状況を分析するゲーム理論。主な研究テーマは、現実の市場や制度を設計するマーケットデザイン。【Webサイト】【ブログ「ECONO斬り!!」】【Twitter(@yagena)

 

 

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT