料理番組の歴史は、料理文化史そのものだ 長い「グルメブーム」は何をもたらしたか

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それでもまだ、都会の中流層は人口のわずか数%しかいない。ほとんどの女性は、時間的にも金銭的にも余裕がない労働者たちだった。それが戦後になると、状況が大きく変わる。1950年代後半から73年まで20年近く続く高度成長期を経て、国民の9割が中流と認識する経済大国時代が始まったからだ。

この時代に始まり大衆化したのが、テレビ放送である。

「きょうの料理」はなぜ教科書的な存在になったのか

テレビは創成期から料理番組を放送していたが、そのなかで最も長寿なのが、1957年に始まり、現在も続く「きょうの料理」である。全国どこでも見られるNHKで、日に3回も放送するこの番組の影響力は大きい。調味料の分量まで明示し、手順をきっちり見せることで、視聴者が再現できることを前提とする、という日本の料理番組の基本形を築いた番組である。バラエティ化した他の番組のなかには、「きょうの料理」という大御所があるからこそ、異なる切り口を求めて生まれたものもあるだろう。

大勢の台所の担い手たちが参考にしてきた番組は、日本の家庭料理の歴史を映し出す。もちろん、番組で紹介された料理は日本の家庭料理のすべてではない。番組に登場しない料理を作る人もいるだろう。番組を参考にしたことがない人もいるだろう。それでも、定番料理からレストランで出される複雑な料理まで幅広く紹介する長寿番組が、日本の家庭料理の文化を牽引するほど影響力を持った理由は、戦後大きく変わった環境にある。

第二次世界大戦で大きな痛手を負った日本は戦中戦後、食糧難に陥り、親から子への料理の伝達回路が寸断された。高度成長期に大量に都会に流入した若者も、親から料理を学ぶ機会が少なかった。そして、経済成長による環境の激変があった。レタスなどの西洋野菜の生産と流通が増える。国の奨励によって畜産、酪農が急拡大し、肉や乳製品の流通も増える。冷凍・冷蔵設備の普及で新鮮な食材を日々買えるようになる。水道・ガスの整備、家電の普及で台所も近代化される。

大勢の女性が基礎もおぼつかないまま、激変する環境に投げ込まれた。料理情報を学びたい、と考える動機は十分にあったのである。

加えて、戦後民主主義の浸透で女性の地位が向上し、戦前世代とは意識が違っている。主婦たちは台所の主人となり、積極的に目新しい料理に取り組むようになる。その情報を提供した中心が「きょうの料理」である。

次ページ番組には、プロの一流料理人が出演
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