料理番組の歴史は、料理文化史そのものだ

長い「グルメブーム」は何をもたらしたか

1990年代初めにバブルは崩壊し、95年の阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件で、世の中のムードは一挙に「第二の敗戦」に変わる。そして長い平成不況が始まったが、実は料理文化はこの時期に大きく広がっている。

インド料理、タイ料理、続いてベトナム料理が流行る。カリフォルニア・キュイジーヌが上陸し、ハワイ料理が流行る。世界各地の本格的な料理を出す店が増え、流行したのが1990年代である。そして、その多様さを整理するかのように、2000年前後のカフェブームでは、フュージョン料理のような「カフェ飯」が流行る。

外国料理をアレンジし日本化させる流行はこのときが最初ではない。大正時代から昭和初期にかけては、コロッケ、カレー、とんかつが三大洋食と言われた洋食ブームがあり、高度成長期は洋食・中華の流行と定着があり、バブル期の無国籍料理ブームがある。

世界の味を受け入れ日本化させるムーブメントの始まりは、幕末に開国し明治初期、肉食のタブーがなくなったことにある。戦後は階級もなくなり、食材の流通システムが近代化し、流通量が増える。自由度が増していく日本で、外国料理の流入が増え、その味を日本化するスピードが加速する。カフェ飯には、1990年代に流行したナムプラーやアボカドも積極的に取り入れられた。

流行を伝えるメディア、受け入れ広める女性たち

流行は、テレビを始めとするメディアが媒介して広まる。享受する当事者は女性である。

グルメブーム以降は、1988年創刊の『Hanako』(マガジンハウス)などから情報を手にした、外食する女性たちの役割が大きい。1986年施行の男女雇用機会均等法を契機に、自活できる給料をもらって働く女性が増え、家庭を持っても仕事を辞めない、あるいは家庭を持たずに働き続ける女性が珍しくなくなったからである。「自分へのご褒美」としておいしいものを食べる女性が増え、おしゃれなレストラン、流行の店に集うようになる。彼女たちは、バブル崩壊後も外食する楽しみを手放さず現在に至る。

しかし、昭和のほとんどの時代、明治大正時代は、女性たちは家事・育児や仕事に追われており、おいしい料理を気軽に食べに行ける人は限られていた。しかし、新しい料理の情報と、それに対する好奇心はその時代の女性たちも持っていた。そして主婦のなかには、流行の味を知りたければ、自ら作って食べることができた人たちがいる。

それは大正昭和の洋食ブームから始まっている。明治の女性たちは高等女学校で、あるいは料理学校で新しい料理を学んだが、その数はほんのひと握りだった。しかし、大正時代以降の女性は、1913(大正2)年創刊の『料理の友』、1917(大正6)年の『主婦之友』、新聞の料理コラム、昭和になればラジオ放送などから料理の情報を得るようになる。料理情報が中流層に広がる時代に、主婦が三大洋食流行の一翼を担ったのである。

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