私の考える「予告人事」は、過去に私自身が身をもって経験したことでもあります。
大学を卒業して、松下電器産業に就職。それなりの思いを込めて入社しましたが、3年ほどで、社内でもほとんど知られていない「PHP研究所」への異動を突然命じられたときの、不安と動揺は忘れられません。異動を断り退職しようと思いつめるほどの大きなショックでした。
にもかかわらず、なぜ異動を受け入れたのか。それは、松下さんが面接の折に話をした「キミ2年間だけでいいんや、わしのそばで勉強する気はないか」とのひと言でした。そうか、松下さんのそばで、いろいろと学ぶこともできる。教えてもらうこともできるかもしれない。「2年間だけ」と思った途端、不安や動揺は雲散霧消。「お願いします」ということになったのです。
もし「2年間」と言われなかったら、松下電器を退職していたのではないかと思います。結局は、その「2年」が「23年」に10倍以上の期間、松下さんのそばで仕事をすることになったのですが、考えてみればこれもある種、松下さんの「予告人事」であったのかもしれません。
人事では最高の配慮をすべき
異動から2年経ちましたが、その頃には松下さんの実践経営学に魅了され、もうこのままこのPHP研究所で自分の骨を埋めようとまで考えるようになりました。結果的には、私の人生の得がたい職場になったのですが、そのきっかけは松下さんの「2年間でいい」というひと言でした。
私が「約束は2年間ですから異動したい」と申し出ていれば、松下さんは「そうか、わかった」と対処してくれたと思います。そのような例は、PHP研究所の、当時の幹部のひとりが異動を希望したときにありました。松下さんは留まるように説得したり、まして激怒するということもなく、即了承したばかりか、課長であったその人を松下電器の某事業部の部長として異動させました。
要は、経営者たるものは人事において最高の配慮をすべきなのです。安易に、簡単に異動を命じるのではなく、つねに社員の成長を考え、極論かもしれませんが、社員一人ひとりの最終着地点を想定しながら、可能なかぎり丁寧に、慎重に対応すべきなのです。
「人事は仁事」。人事異動だけではなく、人材によって会社の命運が変わってくるのですから、紙切れ1枚、電話1本で社員や部下の異動をやってはいけないのです。
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