村上春樹「騎士団長殺し」は期待通りの傑作だ 「文芸のプロ」は、話題の新作をどう読んだか

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今回の「穴」は、「現実」と「非現実」という2つの世界の「継(つな)ぎ目」であると同時に、その「裂け目」でもあります

ほかの旧作と対照すると、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でも『1Q84』でもそうですが、村上春樹作品にあって、「現実」と「非現実」という2つの世界は、「ポジ(陽画)」と「ネガ(陰画)」のように単純に反転する関係にはありません。それらは微妙にズレているわけです。

そのため、春樹的な主人公は、その「継ぎ目=裂け目」を通路に、両世界を行き来できる「異能者」でなければなりません。

画家である今回の主人公は、まさにその「異能者」です。「地底冥界めぐり(これも昔々からある物語のパターンのひとつ)」のような体験、すなわち主人公に与えられた物語的試練を首尾よく乗り越え、例の「穴」から現実世界に帰還を果たします。

イデア世界とは、「もうひとつの現実」

第1部の「顕れるイデア編」では、「非現実」の世界、つまり「イデア」の世界から、主人公は絵に描かれた「騎士団長」を、そこから抜け出したように、この「現実」世界に呼び寄せてしまいます。

イデア世界とは、「非現実」というより、厳密には「もうひとつの現実」です。ただ、「騎士団長」の姿は、誰にでも見えるというものではありません。それが見えるのは主人公と、近所に住む絵画教室の生徒・秋川まりえだけです。

この13歳の少女は、屋根裏部屋に封印されていた絵の醸し出す、ただならぬインパクトを感受できるもうひとりの異能者でした。

主人公は、1930年代末に留学先のウィーンで、ドイツに併合される直前のオーストリアの反ナチ学生グループに交じって、ナチス幹部の暗殺に関わった雨田具彦の、未遂に終わった事件を物語的にたどり直します。

そして、この事件で恋人を失った老画家の怨念が、あの絵に埋め込まれていたことを解き明かします。

ただし作者は、<喪失―探索―発見―再喪失>といういつもの物語的パターンを、律儀になぞって終わりにはしませんでした。これまでとの「決定的な違い」が、物語の終盤で起こるのです。

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