安倍政権を賑わす「物価水準の財政理論」とは 他の理論との整合性欠き、誤用のリスクも

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しかし、今年の物価を上げるには、今年の基礎的財政収支を悪化させるという方法だけではなく、今年の国債の返済を多くするという方法もある。であれば、逆に国債の返済を先送りするように、新発国債を増やしたりすれば、今年返済が必要な国債を減らすことになり、物価はむしろ下がってしまう。

シムズ教授の講演にヒントを得て、財政拡大を唱えていながら、財政健全化に不熱心で国債の返済先送りをしているようでは、物価は上がらない。これが、「物価水準の財政理論」からの示唆である。逆説的にいえば、今年返済が必要な国債を、借り換えせず熱心に返済を進めれば、デフレから脱却する、という帰結となる。

物価水準の財政理論はいつも成り立つものではない

では、金融政策との関連はどうか。物価水準の財政理論とは、2つの部分で関連する。1つは、「基礎的財政収支」には、中央銀行が得る通貨発行益も含まれる。通貨発行益とは、簡単に言えば、市中の通貨(ベースマネー)の残高が昨年から今年にかけて増えた額である。これが政府の収入としてカウントされ、通貨発行益が多いほど(※)式における基礎的財政収支が改善するものと捉えられる。もう1つは、「今年返済が必要な国債残高」には中央銀行が保有する国債は含まないことである。つまり、中央銀行が今年満期を迎える国債の保有を増やせば「今年返済が必要な国債残高」は減ることになる。

日銀が、今国債を大量に買い入れていることにより、市中の通貨を増やし(それが通貨発行益を増やし)今年返済が必要な国債残高を減らしている。財政理論に従えば、この政策はむしろ物価を下げる圧力となる。他方、デフレ脱却の出口では、日銀は買い入れた国債を市中に売り、通貨を減らそうとするから、そのときには物価を上げる圧力となる。

物価水準の財政理論から得られる示唆は、これまでの通貨供給が物価を決めるという教科書通りの論理とは異なるものである。しかし、物価水準の財政理論は、いつでも成り立つものではない。教科書通りの論理で物価が決まることもある。筆者自身も、いつでも成り立つとは考えていない。

物価水準の財政理論の誤用は禁物である。前述のように、財政出動すれば物価が上がるというのは、偏った見方であり、今年返済が必要な国債残高を減らす形で財政再建を先送りするようでは、物価は上がらないというのも、この理論からの示唆であることは、忘れてはならない。

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