介護の世界から返り咲いた鬼才プロゲーマー

新世代リーダー プロゲーマー ウメハラダイゴ

ウメハラ ダイゴ
プロゲーマー
ウメハラ ダイゴ
1981年青森生まれ。日本人で初めてプロゲーマーという職種を築く。98年弱冠17歳で世界一の称号を獲得。その後、一時期ゲームの世界から身を引くが、2010年に世界的ゲーム機器メーカーMadCatzとプロ契約を締結。同年8月「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」としてギネス記録に認定される。2013年5月にはニューヨーク大学にプロのゲーマーとして初めて講師として招かれる。麻雀でもプロ並みの腕前を持つ。

人は夢をあきらめて大人になる。白球を夢中で追い掛けた少年は、プロ野球選手への夢を。ある者はサッカー選手になって活躍する夢を。

そんな者の中から、がむしゃらに夢を追い続け、厳しい淘汰を生き残った者だけが「一流」の栄冠を手にすることができる。

ここに「ゲーム」の道を選んだ少年がいた。1980年代後半、ファミコンブームが徐々に終焉を迎え始めたときのことだった。ウメハラダイゴ。後に「神の手」と呼ばれるプロ格闘ゲームプレーヤーの目覚めの瞬間だった。

世に「プロゲーマー」と呼ばれる人種は少ない。その第1号プレーヤーがウメハラだ。その名のとおり、「プロ」のゲーマーである。仕事は単純。とにかくプロとして「勝ち続ける」ことが至上命題だ。

ウメハラの歩んできた経歴はド派手だ。戦った試合の数は30万試合以上。弱冠15歳で国内を制覇し、17歳で世界一に輝く。2010年、「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスワールドレコードにも認定され、2013年5月にはプロゲーマーとしては初めて、ニューヨーク大学での講演も果たす――。世界中の格闘ゲーマーをして「最強」と言わしめるのがウメハラだ。だが、その輝かしいゲーマー人生は平坦なものではない。一時は引退し、麻雀の道へ。その後、勝負事とは無縁の介護の道に入ったこともあった。2010年、再びゲーム界に舞い戻り、今もなお、最前線で戦い続けるウメハラに話を聞いた。

次ページ『才能がある』なんて思ったことはない
キャリア・教育の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • コロナショックの大波紋
  • コロナショック、企業の針路
  • 日本野球の今そこにある危機
  • 新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
広告大乱戦<br>デジタル化で進む“下克上”

「ついに」か「ようやく」か。ネット広告費が初めてテレビ広告費を超えました。デジタル化の大波の中で、広告業界は“異種格闘技戦”の時代に。グーグルと組んで購買につながる広告商品を生み出したマツモトキヨシなど、激変期の最先端事例を紹介します。