量子物理学に今、革命が起ころうとしている

「神の粒子」を超えた探索が始まった

しかし、そう思っている人にこそ、ぜひとも本書を手にとっていただきたいと思うのだ。個性的な粒子たちを、目の前で見ているかのような、あるいはその手で捕まえようとしているかのような、実験家ならではの語りを、きっと楽しんでもらえるはずだ。

本書の魅力をよりいっそう深く味わっていただくために、ここではまず、著者たちにゆかりのフェルミ研究所とはどういう研究所なのか、そしてレオン・レーダーマンとは何者なのかを、少し紹介させていただこう。

フェルミ国立加速器研究所は、1967年に、もっぱら素粒子物理学の基礎研究を目的として、イリノイ州シカゴ近郊に設立されたアメリカの国立研究所である。初代所長はロバート・ウィルソン(同姓同名の多い名前だが、このウィルソンのミドルネームはラスバンRathbunという)。

マンハッタン計画に最年少チームリーダーとして参加

ウィルソンは第二次世界大戦中、原爆開発のマンハッタン計画に、最年少のチームリーダー(加速器部門)として参加した。しかし1945年5月にナチスドイツが降伏してみると、ナチスは核兵器を製造するどころか、ほそぼそと原子炉研究をやっていただけであったことが判明する。

それを知ったウィルソンは、この恐るべき兵器の開発はここでやめるべきではないかと考え、同僚の物理学者たちに呼びかけてミーティングを開く。そのときの緊迫した状況は、専門家に読まれるだけの歴史資料を飛び出して、ジョン・アダムズとピーター・セラーズによる現代オペラ、『ドクター・アトミック』にも活写されている。

しかしウィルソンの努力もむなしく、原爆が広島と長崎に落とされてしまったことは、日本人なら誰しも知る通りである。

戦後ウィルソンは、核の軍事利用のための研究はいっさい拒否し、軍拡競争の中止、および核兵器使用の禁止を訴えて、米国科学者連盟(FAS)の設立に尽力した。また、もっぱら基礎研究を行う加速器研究所、今日のフェルミ研究所の設立を国に働きかけた。研究所の設立を審議する上下両院合同原子力委員会の席で、「その研究は国防のために役に立つのか」と尋ねられたウィルソンが、「直接その役には立ちませんが、この国を守るに値する国にするためには役に立ちます」と答えたことは有名である。

その結果として研究所の設立が認められ、ウィルソンはフェルミ研究所の初代所長となった。乏しい資金をやりくりして加速器を作るためには、研究所の建物は粗末なもので我慢するしかあるまい、との意見もあったという。しかしウィルソンは、優れた研究者が集い、ともに研究したくなるような、魅力的な建物がぜひとも必要だと考えて、美しく印象的な中央管理棟を低予算で完成させた。それが、本書にも何度か登場するフェルミ研究所の中央管理棟、「ウィルソン・ホール」である。建築家にして彫刻家でもあったウィルソンは、「調和」を象徴するというそのデザインを、北フランスにある未完の大聖堂、ボーヴェ大聖堂のイメージに重ねた、と語っている。

ウィルソンはその後、陽子と反陽子を高エネルギーに加速して正面衝突させる画期的な加速器、「テバトロン」の建造計画に着手した。しかし連邦政府の助成額があまりに少ないことに抗議して、1978年、ウィルソンはフェルミ研究所の所長を辞任する。

そのウィルソンを引き継いでフェルミ研究所の第二代所長になったのが、レオン・レーダーマンである。レーダーマンはたぐい稀なリーダーシップを発揮して、危機に瀕していたテバトロンを完成に導き、この加速器はそれからおよそ30年の長きにわたり、「高エネルギーフロンティアの王」として君臨することになった。レーダーマンもまた、ノーベル賞何個分にもなると言われるほどの仕事をした(実際にもらったのは1個)。20世紀アメリカにおける理論物理学者のアイコンがリチャード・ファインマンだとすれば、実験物理学者のアイコンは、まちがいなくレオン・レーダーマンだろう。

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