若い貧困者を犯罪の「捨て駒」に使う悪質手口 「炊き出しに並んでいたら声をかけられた」

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――警察側の言い分は、口座が開けない問題はあくまで民事で対応してほしいとの趣旨なのでは? 警察側の対応は不十分ですか?

「僕としては勝手に住民票を移された詐欺被害を訴えたつもりです。ある警察官が同じような訴えは結構あるとも言っていました。つまり、振り込め詐欺やオレオレ詐欺についての情報を持った人たちが、相当数自ら出向いてきているというのに、警察はろくに情報を収集しようともしないどころか、加害者扱いして追い返しているんです。僕は確かに5000円をもらいました。でも、それは後々僕らに声を上げさせづらくさせる、まさに男たちの手口だとも思うんです」

――振り込め詐欺によって実際に被害者が出ています。

「罪悪感はあります。でも、僕はあくまでも被害者であるという主張を曲げるつもりはありません。僕だけでなく、ほかのホームレスも同じような被害に遭っていますが、彼らの多くは途中で面倒になったり、加害者扱いされたりして、訴えるのをあきらめています」

振り込め詐欺の被害が出ている以上、アツシさんの責任がゼロとはいえない。一方で、被害者だという彼の訴えにも耳を傾けるべきだろう。

非正規労働や同一労働同一賃金、格差問題が解決されないかぎり、今後も貧困状態に陥る人が増えていくことは間違いない。一方で、「頑張れば報われる」「夢をあきらめない」といった価値観が過剰にもてはやされるようになった現代社会では、アツシさんのようにやりがいのある仕事探しに挑戦する中で、夢破れて貧困を「選ぶ」人もいるかもしれない。

「自己責任」で片づけるべきではない

今は路上生活者を支援する側のアツシさん

いずれにしても、生活困窮へのルートは多様化しているともいえるわけで、これまでのように貧困ゆえに犯罪に巻き込まれた人を「自己責任」「加害者の側面もある」と放置していては、振り込め詐欺のような犯罪は増えていくばかりである。

路上から離れたアツシさんは現在、理想とは少し違うが、同じくインターネット関係の会社に就職した。月収は約20万円。「支援団体の人たちと知り合って、ホームレスの人たちを支援する側に回る中で、意地っ張りだった性格が少し丸くなりました。今の仕事には満足しています」と笑う。

家賃3万2000円の部屋の中には、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなど、およそひとり暮らしに必要なものは何もない。ゼロからのスタートである。しかし、それらはひとつ、ひとつ、買いそろえていくことができるし、あと数カ月もすれば貯金をする余裕もできるだろう。

しかし、口座だけが手に入らない。仕事探しと家族関係に疲れ、ほんのつかの間、社会との縁を切ったことへのツケなのだとすれば、それはあまりに大きすぎる代償にもみえる。

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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