若い貧困者を犯罪の「捨て駒」に使う悪質手口

「炊き出しに並んでいたら声をかけられた」

その後、しばらくして、ホームレスたちの間で同様の誘いを受けた人の銀行口座がオレオレ詐欺に使われたらしいといった話が出回るようになる。アツシさんはすぐに警察と銀行に行ったが、らちが明かず、その足で相談に行ったあるホームレス支援団体からのアドバイスを基に、再び元の役所に出向いて転出先を確認したところ、悪い予感が的中。転出先の欄には自分が書いた住所とはまったく別の住所が追記され、住民票も移されていた。

男たちの求めに応じて書いた委任状が悪用されたのは明らかだった。すぐに、一連の手続きを白紙に戻したが、この間2カ月あまり。住民票が悪用されたのか、されなかったのか。されたとしたら、どんな目的で使われたのか、アツシさんに知る手立てはなく、以来、薄気味悪い不安が頭から離れることはなかったという。

銀行口座を開設しようとしたら……

アツシさんが、自分の住民票が振り込め詐欺用の口座を開くために使われていたことを知ったのは、それからおよそ2年後。ホームレス生活に区切り付け、新たな仕事と住まいを決め、給料の振込先としていざ銀行に口座を開こうとしたところ、銀行側から詳しい説明もないまま取引を断られ、途方に暮れて相談に行った警察で初めて事情を教えられたのである。

このとき、住民票を悪用されたと訴えるアツシさんに対し、警察はこう言ったという。

「あなた、報酬として5000円を受け取っていますよね。この場合、被害を受けたのはあなたではなくて役所。あなたのほうは犯罪に加担したことになってほう助の罪に問われかねませんよ。(男たちを)訴えるなら、自分で弁護士を立ててやるしかないですね」

アツシさんは、貧困と犯罪が隣り合わせであることや、貧困ゆえに犯罪に巻き込まれても、周囲からはなかなか被害者として扱われないことを知ってほしいと、取材に応じてくれた。「詐欺」の手口を詳細に語る代わりに、路上生活をしていた場所や職業などはできるだけ伏せることが条件だった。男たちが暴力団関係者である可能性が高いからだ。

4年制大学を卒業して以来、就いてきた仕事を「オンラインサービスにかかわる仕事」だと説明する。外資系企業と個人事業主として契約を結び、日本向けサービスの質の向上につなげる。何度か転職しながらも、おおむね月収30万円を維持、評価されていると感じることができる、やりがいのある仕事だったという。

問題は雇用が不安で、リーマンショックや企業側による国内向け業務の縮小など「自分の過失じゃない理由で」仕事を失うこと。自ら起業したこともあったが、うまくいかず、何度か失業するうちに家賃を滞納するようになった。もうひとつの問題は、物心ついたころから父親との関係が悪かったことである。

アツシさんによると、父親はつねに自分が優位に立たなくては気が済まない人で、特に家庭内では、妻や子どもたちと他愛のない話をしていても、二言目には「そんなこともわからないのか」と相手を批判したり、見下したりすることで自我を保つような人だったという。いわゆるモラルハラスメントの一種である。

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