マニュアルで教えられないことを教える方法 一流に学ぶOJTの作法(1)

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「お兄さん、えらいすんまへんどした。○○ちゃん、立ったり座ったりするときは、おいどに手を添えな、あかんのえ」

お座敷で談笑していたデビュー直後の舞妓さんが立ってビールを取りに行こうとしたとき、彼女のだらりの帯の先が揺れて、すぐそばのお客様の顔の近くをかすめました。そこでお客様が頭を少し後ろに傾けて、帯先を避けようとされたのです。

すると、そばにいた先輩の芸妓さんが、その様子を素早く見とがめ、お客様にすぐさま謝り、そして舞妓さんに注意の言葉をかけました。

注意された舞妓さんは、はっとしてすぐにお客様に謝り、さらに「お姉さん、おおきに」と、先輩の芸妓さんに注意してもらったことにお礼を言ってから、だらりの帯に手を添えてビールを取りに部屋を出て行きました。

ほんの一瞬の出来事でしたが、おもてなしの流れが途切れて、お座敷に少し緊張感が漂いました。

そんな気まずさを感じたのか、お客様が、「あとで言うても、ええのとちゃうか」と芸妓さんに言葉をかけると、

「○○ちゃんは、舞妓さんにならはって間がないさかいに、毎日毎日覚えんなんことがたくさんあります。そやし、何か気をつけなあかんことがあったら、そのときに言うてあげへんと。あとで言うても、何のことを言われたのか、本人にはわからへんこともありますさかいに」

と、笑顔でお客様の配慮に感謝しつつも、指導する側の気持ちを説明していました。

OJTを円滑に運ぶ2つのポイント

この具体例から、OJTを円滑に運ぶためには2つの大きなポイントがあることがわかります。

ひとつは、教わる側の「指導されたら感謝して素直に学ぼうという姿勢」。もうひとつは教える側の「相手のレベルに応じてきめ細かい指導をしようとする姿勢」です。さらに、被育成者と育成者相互のキャリア形成に応じて、これらの姿勢が変化し、かみ合っていくことも重要です。

まず、教わる若い人たちの側、自分の技能を高めるという便益を享受できる側から説明します。

学校の場合、学ぶ側が費用を負担しているのですから、教える側は教えることが仕事で、学生たちの能力向上のための責任を負います。一方、学校を卒業し就職して現場に配属にされた後、OJTが始まると、教えられるという行為自体は学校教育と同じですが、教える側の立場に大きな違いがあります。

教える側は自分の仕事を持っており、教えることは主な仕事ではありません(人事評価の対象外ということもあります)。さらに、教えることは自分のライバルを作ることにもつながります。ですから、現場で教える先輩の側に、指導育成することに対してインセンティブが働くことは、通常は多くはありません。

「自分が若いときは、先輩の様子を必死に盗み見て覚えたものだ」と、中高年の方がよく言われるのは、まさに上記のような理由があるからです。自分の生産性を下げるだけでなく、将来の地位の低下を招くような後輩への指導育成を積極的に実施する、そんな奇特な先輩は、そもそも多くはなかったのだろうと言わざるをえません。

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