ゴジラが破壊した「蒲田」は昭和の楽園だった

黒澤商店がつくった自給自足の共同体

中世田園都市を思わせる共同体が、5・15事件や満州事変の時代の東京・蒲田に存在していた(写真:alexmak / PIXTA)
戦前から戦後の日本人が、何を考え、どう変化してきたのか。成長の「残影」と消費の「幻影」とは何だったのか。『三丁目の夕日』に象徴される高度成長期から今日までの日本の栄枯盛衰をリアルタイムで見てきた平川克美氏が、このほど『喪失の戦後史』を上梓した。
映画・小説・プロレスなど大衆文化史も交えた体験的戦後史論をテーマとした本書の一部を抜粋してお届けする。

 

私は1950年に、東京の南の外れ、蒲田駅からほど近い町工場で生まれました。つまり、高度経済成長期から今日までの日本の姿をリアルタイムで体験してきているわけです。

もちろん3~4歳のころの記憶はありませんが、駅前の蕎麦屋のテレビで見たプロレス中継、60年安保闘争の光景や、羽田弁天橋での機動隊と学生の衝突などは、目に焼き付いています。いくつかの戦後史の重要な節目を、同時代として生き、体験もしてきたというわけです。

『喪失の戦後史』という本では、そうした自分史を重ね合わせるようにして、もう一度歴史の場面に現在の自分を立たせてみると、そこに、どんな風景が見えてくるのかという視点で戦後の70年を振り返ってみました。

戦前昭和に人口が倍増していた蒲田

戦前・戦後の日本人の肖像を、大衆文化の変遷と家族構造の変化を軸に授業形式で語る。蒲田の町工場生まれの著者による体験的戦後史論

蒲田は、最近の大ヒット映画、庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』で、ゴジラが最初に上陸するところです。

ゴジラがまず破壊するのが、大田区の吞川にかかる旭橋。大森南と東糀谷を結ぶ橋です。自衛隊の基地が、浅間神社。重火器を並べるのが丸子橋。全部、私の地元でした。

同時に蒲田は数々の戦前・戦後の数多くの映画でとりあげられた場所でもあります。

戦前昭和の蒲田を舞台にした、小津安二郎監督の『生れてはみたけれど』もその代表的な作品のひとつですが、同作について調べているときに、古書店で『矢口町誌』(矢口町発行、1932年刊)という本を見つけました。

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