LGBT社員を解雇した米大企業の「歴史的教訓」 男性から女性へ「性転換」した発明家の軌跡

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LGBTという言葉が普及し、ダイバーシティ戦略にLGBTを含める日本企業も増えているが、まだ緒についたばかりだ(写真:Paha_L/PIXTA)

少し前まで外資系企業の専売特許とみなされていたLGBT関連のダイバーシティ対応。5年前は、外資系でさえ「日本の風土に合わせるべき」として対応方針を掲げるのを躊躇し、日本企業に至っては皆無だったが、ここ数年、野村グループ、第一生命、パナソニック、楽天など、ダイバーシティ戦略にLGBTを含める企業が増えている。

東洋経済『CSR企業総覧』でLGBTに対する基本方針(権利の尊重や差別の禁止など)に「あり」と答えた企業は、2015年版(調査2014年6~10月)で146社、2016年版(同2015年6~10月)には173社まで増えた。障害を持つ社員を5人以上雇用している企業が773社あるのと比べれば少ないし、その内実をみると、ようやくスタートラインに立ったばかりの企業がほとんどだが、大きな一歩を踏み出したことは間違いない。

しかし、そもそもこうした取り組みが活発化してきたのには十分な理由があった。IBMをはじめ、アップル、ヒューレット・パッカード、シスコシステムズ、インテル、オラクルなどの名だたるIT企業が特に熱心に取り組んできたその背景には、差別と偏見に無自覚なままの浅慮な判断が、結果的に大きな人材損失を招いたという、隠された歴史があったのだ。今回は、LGBTへの差別的対応によって偉大な人材を逃した米国の代表的IT企業の事例を紹介し、現代の企業におけるダイバーシティ対応の原点を探る。

突然解雇されたシステムデザイナー

マサチューセッツ工科大学(MIT)からコロンビア大学を経て、1964年からアメリカの大手IT企業で優秀なシステムデザイナーとして開発分野で働いていたリン・コンウェイ氏は、1968年に突然解雇された。きっかけは、会社に性別変更手術を受けると申し出たからだ。同僚や上司が理解を示してくれてホッとしたのもつかの間、取締役会で話がひっくり返り、面談機会も持てないまま退職を余儀なくされたのだ。

男の子として生まれ、ロバート(仮名)と呼ばれていた彼女は、幼い頃から女性として暮らすのが夢だった。「女の子の服を着ていい?」と母親に尋ねたところ、強く叱責されたため、以来その話はしなかったが、女性として生きるという思いは秘めたままだった。勉学に励み、結婚して娘を2人授かったが、望む性とは逆の方向に成長した自分をみるたびに、我慢も限界に近づき、一時は死ぬしかないと思い詰めた。幸い1966年に専門医ハリー・ベンジャミン氏に出会い「性転換手術」(現在は「性別移行治療」という)を受けることを決意した。

しかし、当時の常識では計り知れない大胆な選択に対して周囲は冷たかった。それなりに理解を示してくれた家族や同僚も、解雇されたことを知ってからは接触を断った。仕事も仲間も家も、そして娘たちまでも失った彼女は、メキシコで手術を受け、苗字も名前も変えて「ステルスモード」で(埋没して)暮らすことに決めたのだ。つまり「リン・コンウェイ」というまったくの別人として再出発したのである。

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