LGBT社員を解雇した米大企業の「歴史的教訓」 男性から女性へ「性転換」した発明家の軌跡
幸いにして手術は成功し、それと並行して女性としての仕事探しが始まった。経歴詐称を避けるため、一次選考を通った時点で人事部に自分のことを告げていたが、最終選考の手前で面談さえかなわず幾度も落とされて困窮した。そんな彼女を最初に拾ってくれたのは、人手が足りない小さな会社。そこでは男性時代の経歴を捨てて、プログラマーとして働くようになった。
日に日に女性としての人生を謳歌できるようになるにつれ、仕事のほうも順調となり、以前にも増して創造的な事業を任されるようになったリンは、1970年代にカリフォルニア州のゼロックス・パロアルト研究所でマイクロチップの設計に従事。その後出版した、カーバー・ミード氏との共著『超LSIシステム入門』(1981年、培風館)などで発明家として歴史的名声を得た。退職してからカミングアウトした彼女は、現在はミシガン大学の名誉教授であり、トランスジェンダーの人権擁護に大きく貢献している人物のひとりである。
企業にとって信号機の役割を果たす
「以前から『渡るな、危険!』の看板が出ていたある交差点で、とうとう歩行者が轢かれて死亡した。それから数カ月して、問題の交差点にようやく信号機が設置された。悲惨な事故がこれ以上起きないように――」こうした場所の一つや二つは、皆さんの身近にもあると思う。企業におけるダイバーシティの視点とは、暴走する車を縫うようにして、歩行者が命がけで渡っていた交差点に、信号機を設置するようなものだと考えてほしい。それは、歩行者にとってはもちろん、車にとっても、より安全で、より好ましい新たな秩序なのである。
ダイバーシティ戦略を採用している企業に対して導入の利点を聞くと、
1)「優秀な人材の確保」 2)「就労意欲の向上」 3)「多様な視点をビジネスに活用」などがよく挙がるが、筆者はもうひとつ 4)バランスの良い組織づくり、を挙げたい。信号機の導入で、車、歩行者、自転車、バイクなど、多様なタイプの乗り物や人々の流れが、よりスムーズになるわけだ。
皆さんはすでにおわかりだろうが、この顛末のもう一方の当事者であるIBM本社は、リンの解雇に関してはいまだコメントしていない。それでもIBMは1984年に他社に先駆けて「性的指向を差別しないこと」を方針として打ち出し、その後2002年に「性自認と性表現」に関して差別をしないとの規定を加えている。当時どこの会社にいても、おそらく同じことが起きたであろう、とリンは言う。しかし、先進的な企業にこそすばらしい人材が集結すると考えると、迷信や偏見に振り回された判断を下す企業は、巡りめぐって自社の企業努力をも裏切ることになる。最も怖いのは、その損失が見えないことだ。ダイバーシティ戦略は、そういった内なる危機や矛盾から企業を守る盾ともなるのである。
2001年2月、ヒューレット・パッカードで講演したリン・コンウェイは、当時のCEOであるカーリー・フィオリーナをはじめ、幹部社員にダイバーシティの必要性を、自分の言葉で説いた。
「会社が同調性を強調することは、個性の成長を阻む要因になります。社員が多様性を肌で感じられるようでないと、周囲と違う自分を表に出しづらくなるでしょう。そしてその中には、当然アイディアも含まれるのですから」
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