取り戻せ、やんちゃ魂!「バイマ」の挑戦 新世代リーダー 須田将啓、田中禎人

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アイデアとしては秀逸なバイマだが、立ち上げは苦しんだ。起業までの道のりはトラブル続きだったという。

田中:「立ち上げの1週間前にシステム発注先の下請け会社に開発途中で夜逃げされました。オープニングパーティーとかも用意していたのですが、おカネを取り返さなければいけないので延期に。結果予定より半年も遅れることになってしまいました」

アサリから家まで!?”何でもあり”が初期のバイマ

スタートしても、知名度の低さに苦しみ、当初は1日の取引が数件しかないという時代が続いた。

田中禎人(たなか・さだと)
エニグモ代表取締役、共同最高経営責任者
1974年生まれ。米国シカゴで育ち、高校・大学と日本で過ごし、オンワード樫山などを経てカリフォルニア大学経営大学院でMBA取得。2001年博報堂入社。04年に退社し、エニグモ設立。

田中:「いやあ、切ないですね。企業向けのサービスとは違って、薄利ですしね」

そこで、会員数を増やすべく、200万円のネット広告も打ったが、期待した効果は上がらなかった。

田中:「まったく意味がなかったですね。なけなしのおカネですよ。会員数もほとんど増えなかった。友だち以外で、最初に取引が成約したのは、アバクロンビー&フィッチ(アバクロ)の香水。まだ、商品のラインナップもファッションに寄せる前だったので、当初はいろんなものが出ていました。貝のアサリとかまで出品されていた」

須田:「それはそれでよかったんですよね(笑)。マイ漁師、自分専用の漁師がいるみたいで。当時のバイマは何でもありのサービスで、それまで普通に手に入らないものが世界中から手に入るというコンセプトだったんです」

田中:「家を出品しようとしてた人もいましたね(笑)。家を出したいんですけど、いいですか?という問い合わせもありました」

須田:「カード決済で買わないといけないので、どうしても上限があり、お断りしましたが(笑)」

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