被災者ケアだけでなく「支援者ケア」も重要だ 支援者は自分自身を守る方法を心得ておこう
熊本県で最大震度7を記録する地震が発生した。その後も被害が拡大している。大規模な自然災害は、私たちに複雑で重い悲嘆をもたらす。大切な人が行方不明になる、家屋・財産を一瞬で失う、安心で安全なコミュニティの日常生活も崩壊するなど、そのエネルギーは遺された者の生きる力をすべて奪い取ってしまうほど強大だ。
ところで、終末期における悲嘆は、看取る日々の切なさ、そして迎える死に集約される。遺族は悲しみの重さを感じつつ、来るお別れのために心の準備も重ねて背負う。その場合、人を看取ることの辛さをこれでもかというほど味わう。まさに悲しみに打ち沈むのである。
一方、自然災害における悲嘆の場合、遺された者には収拾がつかないほどの辛苦に散りばめられた日々がその後も続く。当事者はもちろんのこと、被災者に寄り添う人の苦労も並大抵のものではない。周囲を巻き込む破壊的な悲嘆だ。だから多くのボランティアは憔悴し、疲弊しきって帰ってくる。
深刻なサバイバーズ・ギルト
自然災害において生き残った人の中には、次のような罪悪感に苦しむ人が少なくない。
「なぜ、私だけが助かってしまったのか」
「あの時、私が声をかけておけば、あの人は死ななくて済んだはず」
「自分が代わりに死ねば良かったのに」
と自身を責める気持ちが長く続く。また、親を亡くした子供の場合、
「私が悪い子だったからパパは死んだ」
「僕がいなければ、お母さんは死ななかった」
と自己否定してしまう。
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