天才は、どんな日常生活を送っていたのか マーラーは仕事の時間に正確だった

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散歩や泳ぎが好きだったグスタフ・マーラー。写真は1901年、ニューヨークはデュポンスタジオにて(写真:Lebrecht/アフロ)
天才たちの日課』(メイソン・カリー著)は、161人の天才たちの毎日の習慣についてまとめた本。作家、作曲家、画家、詩人、映画監督などクリエイティブな仕事を生業としている有名人の日常とは、どのようなものだったのか。今回、ジャンルごとに何人かの日常生活をまとめて転載する。第1回は、3人の大作曲家(マーラー、モーツァルト、ベートーヴェン)。意外に「普通」な日常生活が多いことに驚かされるのではないだろうか。

 

グスタフ・マーラー(1860~1911)

マーラーは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した大作曲家として知られているが、生前は指揮者として有名だった。じっさい、生涯のほとんどを通じて、作曲は片手間の仕事だった。

マーラー中期の円熟した交響曲は、ウィーン宮廷歌劇場の監督という多忙な仕事から解放された夏の休暇中に作られた。マーラーは夏の休暇をオーストリア南部のヴェルダー湖畔、マイヤーニッヒにある別荘で過ごした。そこでのマーラーの習慣について、妻アルマの回想録に優れた記録が残っている。

アルマはマーラーより19歳も年下だった。2人は1901年11月に出会って4カ月後に結婚し、その年の夏、いっしょにこの別荘へ旅行している。このときアルマは最初の子を妊娠中で、マーラーは交響曲第5番の下書きを持参していた。この曲はマーラーが大きな飛躍を遂げた作品で、第1楽章の葬送行進曲から、新妻に捧げたというきわめて美しい第4楽章まで、幅広い情調を含んでいた。

じつに穏やかな生活だった

しかし、作品は情熱的な荒々しい内面を示していても、マイヤーニッヒでの毎日は、じつに穏やかなものだった。マーラーの別荘での生活は、アルマによれば、「あらゆる不純物を取り除いた、超人的といえるほど純粋なものだった」。

午前6時から6時半に起きると、すぐに呼び鈴を鳴らして料理人に朝食を準備させた。朝食は挽きたての豆でいれたコーヒー、牛乳、低カロリーパン、バター、ジャムで、森のなかにある石造りの作曲小屋まで料理人が運んでいく(マーラーは午前中、仕事に取りかかる前に、だれかと会ったりしゃべったりするのを嫌った。そのため料理人は作曲小屋まで朝食を運ぶとき、マーラーと鉢合わせしないように、歩道ではなく、すべりやすい急な小道を歩かなくてはならなかった)。

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