フランスワインの定着 その4:ボルドーワイン《ワイン片手に経営論》第8回

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 ラ・ロシェルにしてみれば、上客としてイギリス王とフランス王の両方を押さえている中で、イギリス王がボルドーに好意を寄せていく様子をみると、イギリス王から心が徐々に離れていったことは何となく想像できなくはありません。また、ラ・ロシェルとしては、イギリス以外にも北の海やバルト海まで交易していましたので、イギリスはどうしても押さえなければならない顧客というわけでもなかったとも言えるかもしれません。一方で、それまで中心的なワイン産地として注目されていなかったボルドーは、イギリス国王という上客を重点攻略したということです。こうした、ラ・ロシェルとボルドーの人たちの心の機微が、英仏の戦争をきっかけに大きな動きとなり、ついにボルドーが主要なワイン産地として名乗りをあげるのです。

 その後、ボルドーはイギリス王から次々と特権を得ます。たとえば、14世紀には「ワイン取締法」によって、たとえば次のような特権が与えられました。

・ボルドーのブルジョワたちのブドウ畑が集中する近郊地域のワインの独占販売権をボルドーのブルジョワたちだけに与えること
・ブルジョワの所有する畑以外のものをボルドー市内で販売するには、すべてのブルジョワたちが自分たちの販売用ワインを売りさばくのを待たなければならないこと
・「ボルドー市民」と呼ばれる人々が、外国の仲買人たちにとって唯一の売り手であること
・サン・マケール(ボルドーよりガロンヌ河を上流に遡った街)より上流の地域は、クリスマス以降でなければ、ボルドーにワインを運んではならないこと

 いずれも、ボルドーワインを優遇するもので、こうした“ボルドー特権”は、17世紀ごろまで続くのでした。

 このように、ボルドーワインの発展は、ブルゴーニュ地方とは打って変わって、商人たちが国王からいかに特権を勝ち取るかの利権の争いに勝利したことがきっかけでした。この違いは、ブルゴーニュ地方のブドウ栽培が、細かく畑ごとに分類されている一方で、ボルドー地方のブドウ栽培は、シャトーごとに分類されている遠因と思われます。シャトーは文字通り「お城」ですから、貴族がワイナリーを経営したことが伺われますが、国王から特権を得るような人たちは貴族であったということではないでしょうか。

 いずれにせよ、このような異なる経緯を経て、フランスワインの二大役者が出揃ったのでした。そして、さらに時代は進んでいきます。それまで、ワインが高価で、主な顧客といえば国王といった人たちでしたが、ワインが大衆化されていくのです。次回のコラムでは、このフランスにおけるワインの大衆化が、ワインビジネスの視点でどう起きたのかを綴りたいと思います。

*1 ロジェ・ディオン、『フランスワイン文化史全書 ブドウ畑とワインの歴史』、国書刊行会
*参考文献 
ロジェ・ディオン、『フランスワイン文化史全書 ブドウ畑とワインの歴史』、国書刊行会
ヒュー・ジョンション、『ワイン物語 上』、平凡社
『世界大百科事典』、平凡社
『図解世界史』、成美堂出版
宮崎正勝、『早わかり世界史』、日本実業出版
Microsoft Encarta
《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年4月28日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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