井上:人間を知るために、そのプロトタイプとしてのロボットをつくる、という機運があったのですか?
前野:そうですね。その頃から始まっていましたね。私は、最初「ツルツル」と「ザラザラ」といった触感の研究をしていたんです。そこから「心地よい」の研究に進み、企業から「安心感や爽快感の研究をしてほしい!」と頼まれるようになりまして。
そうすると、「楽しい」とか「うれしい」の研究へと進み、最終的には「幸せの研究」になったんですね。「心」に深く入っていった結果、「幸せ」になった、という感じです。それで、「誰だって幸せになりたいはずだから幸せの因子を見つけよう」と思い、因子分析(※多変量データから共通因子を探り出す手法)で幸せの構造化を試みたんです。井上さんはなぜ幸せの研究を?
悲嘆緩和のシステムとしての法事
井上:私はお寺の長男として生まれ、寺を継ぐときに「心」を専門にしようと臨床心理学を学ぶため、大学に入り直しました。身近な心理学ということで、「グリーフ(悲嘆)ケア」をテーマに選びまして。
前野:ご遺族の心のケアですね。確かに、お坊さんらしいですね。
井上:一周忌、三回忌、七回忌などの継続的なご供養が遺族側に対して、どのような役割をもたらしているかというのを、因子分析を使って2つの因子を導き出しました。結果は第1因子が「悲嘆緩和と故人を想う」で第2因子が「親族のつながりの強化」でした。グリーフケアに関しては自分の中で結論が出ましたね。われわれがしっかりご供養することで、ご遺族の悲しみは大丈夫だという。
前野:うちの学生にもグリーフケアの研究をしている人がいます。どのように結論を導き出したのですか?
井上:大学の卒論テーマとして檀家さんたちに質問表にお答えいただいたのと、日々の法要で檀家さんを見ていて明らかに変わっていくのを実感しました。法事を悲嘆緩和のシステムとしてみると、新たな一面が明らかになりました。われわれの読経の声には音楽療法のような癒しの効果があり、本堂という空間には本尊を中心とした安らぎの工夫が施されていたのです。また、われわれ僧侶の説法にも心理教育的な効果があると明らかになりました。
法事には、先人からのグリーフケアの知恵がちりばめられていたのです。エビデンス(根拠)を得たこの研究によって、自分の中で「法事は悲しみを癒す」という信念が生まれました。そして、その信念を私が持つか持たないかによって、法事の意味合いが変わってきますね。ピグマリオン効果の一種かもしれませんが。
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