(第5話)舞妓さんの「間違いから学ぶ姿勢」を育てる言葉

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西尾久美子

●しょうむないことやさかいに、言わへんのはあかんのえ

 だらりの帯の扱いにも、箱枕で日本髪を崩さないように寝ることにも少し慣れたころ、「しょうむないことやさかいに、言わへんのはあかんのえ」と、置屋のお母さんが舞妓さんに話しかけています。その口調は、毎日のお座敷の1つひとつの行為の大切さをしっかり噛みしめているかのようです。

「しょうむない=しょうもない」、「つまならいこと」を意味する京言葉です。

「つまらない、本当にささいな失敗をしたときに、ささいなことだから、教えてもらわなくても次から失敗しないように気をつけられるからと判断して、私(置屋のお母さん)に報告していないのではないか。それでいいと思っているのではないか。でも、自分のしたことについては、まず言うことが大事なんだよ」と、日々の業務についてきちんと報告することの大切さを、お母さんは、改めて伝えようとしています。

けれど、新人舞妓さんの立場になると、自分の不始末を自覚して、お母さんの手を煩わせることなく、きちんと直そうと思って努力しているのですから、この言葉は腑に落ちないことがあるようです。舞妓さんのやる気をそぐようなことを、なぜ置屋のお母さんはわざわざ言うのでしょうか?

実はとても短い言葉ですが、この中でお母さんは、ある失敗を「ささいなこと」と決めること、そしてその考えに基づき「報告しなくてもよい」と決めること、という2つの判断を舞妓さんが単独ですることをたしなめているのです。

舞妓さんたちのお座敷は複数人のチームプレーによって成り立っています。たとえば、ある舞妓さんが座ったときに、後ろの人が通りやすいようにだらりの帯を巻くことをうっかり忘れていたとしましょう。彼女はその失敗に気がついて、次に座ったときにはきちんとしたとします。でも、だらりの帯を踏まないように芸妓さんが歩きにくそうにしていたら、そしてその様子をお客様が目に留めて眉をひそめていたとしたら……。

ほんのささいなミスがチームプレーのスムーズな連携を乱し、お客様の失望を招くこともあるのです。接客業にはやり直しがききませんから、1人の小さなミスが全体に及ぼす影響を推し量り、メンバー全員で対処することが必要になります。

自分のことで精一杯の新人舞妓さんが仕事の全体像をつかむことは困難です。仕事の全体像が見えていないのに、失敗を「ささいなこと」と片づけてしまっては、いつまでたっても仕事全体について理解できるようになりません。それではサービス全体の質を高めることができませんし、もっと大きなやりがいを舞妓さんが持てなくなってしまう。そんな思いもこの言葉にはこめられているのです。

舞妓さん:舞を披露するのは、舞妓さんの大切な仕事。専門の師匠に師事し、試験に受からなければ舞妓さんとしてデビューできない。

 

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