西尾久美子
●おおきに
「舞妓さんになりたい!」という夢を実現するために京都花街にやってくる少女の大半は、花街や伝統芸能には縁もゆかりもない、中学卒業直後の10代半ばの少女たちです。そんな彼女たちが最初に覚えなければならない京ことば、それが「おおきに」(ありがとうの意味)です。もてなしのプロである舞妓さんになるためには、新しい環境で周囲の人とうまく人間関係を築き、短期間にたくさんのことを身につけていかなければなりません(修行開始からわずか1年で、京ことばやお座敷の礼儀、京都花街の伝統、踊りなどを一通り修めることが求められます)。そのために、毎日毎日、何十回も、ときには何百回も口にする、短いけれどとても大切な一言なのです。
お座敷で芸妓さんや舞妓さんたちの会話に耳をそばだてていると、「○○さん姉さん、おおきに」と言っていることが多いです。「姉さん」とは、先輩である芸妓さんや舞妓さんを指す言葉ですが、目の前の姉さんに言うのであれば、単に「おおきに」ですむように思われます。ですが、それでは不十分なのです。「○○さん姉さんはたくさんせんなんことがあるのに、うちにまで配慮してくれはって、本当に感謝しています」という意図を明確に表さなければなりません。自分を育ててくれている周囲の人たちの意図への理解と、それを自分に実行してもらうことへの感謝を、育成される側の自分は明確に気づいているということを、「おおきに」という言葉にこめて言えるかどうかがポイントです。
誰でも自分のスキルは磨きたいから、努力しようと思います。では、努力をどのようにすればいいのでしょうか?未経験者にはそこがわからないから、周囲の人のアドバイスが大切なのです。舞妓さんになりたいと願う少女たちは、先輩たちが自分のことを見てくれ、アドバイスをしてくれることへの感謝を、「おおきに」という言葉を最初に身につけることを通じて教えられるのです。些細なことに思われるような出来事1つひとつに、きちんとその場で素直に「おおきに」と言える新人さんは、「○○ちゃんは、ええ舞妓はんにならはるえ」と、みんなから認められ育っていくのです。
舞妓さんは頭に「花かんざし」という豪華な飾りをつける。季節に合わせたモチーフのものが選ばれ、経験を重ねるにつれ、可憐なものからすっきりとした雰囲気のものに変化していく。
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