もちろん、自力救済は法的な権利として認められているものではない。そのため、動画を公開する被害者や関係者の側はそれ相応のリスクを負うことになる。
しかし、学校などの「暴力が暴力として認知されない」聖域では、問題を早期に解決するに当たって、他に選択肢がないという厳しい現実があるのも事実だ。実際、栃木県警の動きは迅速であった。
つまり、学校において暴行そのものが野放しにされ、加害者への処分など適切な対応が取られない事例があまりに多過ぎるのである。そして結果的に、被害者が転校を余儀なくされるケースが後を絶たない。「子ども同士のことだから」というお茶を濁すような定型文をよく聞くが、事を荒立てたくない学校側の保身が見え隠れする。
“学校外”なら補導や逮捕の可能性もある行為だ
だが、今回炎上した動画の場合、ほとんど無防備の相手の顔面を殴ったり、頭部に蹴りを入れるなどの暴行を行っている。これを学校ではなく、街中で一般の子どもや大人に行えば、当然警察に通報され、補導や事情聴取、場合によっては逮捕や書類送致の対象となる可能性が高い。相手が怪我をすれば傷害罪に当てはまる。
加害者が14歳以上の未成年であれば刑事責任能力が認められ、犯罪少年として扱われることになる。成人と同様に警察の捜査を受け、家庭裁判所に送致され、少年院送致や保護観察などの処分を受ける可能性がある。
ではなぜ、学校内で生徒同士だと「犯罪にならない」のか。正確に言えば周囲の大人たちが「犯罪として取り扱おうとしない」からである。筆者はこれを「暴力が暴力として認知されない」聖域と呼んだが、このようないびつな空間を放置すればするほど、加害者を私的制裁によって相手を社会的に「抹殺しても構わない」とする機運を醸成し、もっと恐ろしい地獄を作り出すことになるのは目に見えている。



















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