「昇進おめでとう」「ありがとうございます。頑張ります」→1週間後、彼は辞表を出し…「昇進は罰ゲーム」将来有望の30代社員が辞職を決断したワケ

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

努力と成果の距離が近く、うまくいけば、その手応えが比較的早く返ってきます。プレイヤーの仕事には、自分が成長している実感を持ちやすいという特徴があります。

一方で、「リーダーの魅力」は、自分が手を動かして成果を出すのではなく、メンバーを巻き込み、成長を後押しし、一人では達成できない規模の成果を生み出していくことにあります。チームが一丸となって成果を出したときの高揚感。責任を引き受けるからこそ得られる信頼。自分で仕事をこなす立場から、仕事そのものを設計し、動かす立場へ変わっていきます。

問題は、プレイヤーから魅力が見えないこと

このように整理すると、どちらの仕事にも、違う魅力が存在することがわかります。ではなぜ、昇進が「祝福」ではなく「罰ゲーム」と誤解されてしまうのでしょうか。その背景には、多くの職場で見落とされている、決定的な事実があります。

それは、「リーダーの仕事の魅力は、プレイヤーの立場からは、ほとんど見えない」ということです。

プレイヤーとリーダーでは、仕事の面白さの軸も、成果の出し方も、評価されるポイントも、根本から異なります。繰り返しになりますが、プレイヤーは、自分の行動と成果を直接結びつけて価値を生み出します。一方、リーダーは、人や仕組み、役割分担を通じて成果を生み出し、組織全体の再現性と持続性を高める役割を担います。

しかし、この価値は、プレイヤーの立場から眺めているだけでは、ほとんど伝わりません。そのため、リーダーという役割は、「忙しそう」「判断で追い込まれている」「責任ばかり重い」といった表層的な姿だけが目に入りやすくなります。

結果、社員はプレイヤーの視点のまま、こうした断片的な印象だけを材料に判断します。

「仕事が増えるだけではないか」
「責任ばかり重くて、割に合わないのではないか」
「この先、自分は消耗していくのではないか」

こうして昇進は、「期待されている証」ではなく、「避けるべき罰ゲーム」へと、静かに意味をすり替えられていくのです。

次ページ重要なことは、「視座の転換」である
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事