ある日の授業の進み具合はこうだった。まずハイフェッツが黒板の前でその日のテーマを言う。たとえば「リーダーにとって試練とは」。自分がかかわったプロジェクトでの失敗談、部下の管理で後悔した瞬間などを皆が思い思いに語り始める。だが、教室には100人もの生徒がいる。
「みんな。勝手に話し始めていたら議論がまとまらないよ」
ある20代の生徒が突然そう言いながら、黒板の前に移り、皆の発言のポイントをまとめ始めた。しかし、彼はただの一生徒。先生でもなんでもない。そのうち40代の生徒が声を荒げ始める。
「おい、お前、なんで仕切ってんだ! なんでそんなに偉そうにふるまってんだよ。俺はお前の授業を取るためにここにいるんじゃない」。
20代の生徒はあくまでクラス全体のためを思い、議論をまとめようとして仕切ったはずだ。だが現実はクラスメイトの反感を買うハメに。自らの意思とは関係なしに、組織の流れは思わぬ方向へと進む。
トップのいない組織は混乱する。フセイン政権打倒後のイラク、原発事故後の政府の対応、倒産した会社の再建、世界規模の環境問題など。そういった混乱のひとつが、小規模な教室で再現される。みなさんの周りでも、頼りない上司や夫のせいで「物事が決まらず困った」というような経験があるのではないだろうか。
原発事故も環境問題も職場・家庭の問題も、根っこは同じ。あえてリーダーのいない状況を作り出し、「リーダーはなぜ必要なのか」、「リーダーシップとはなにか」、「組織を率いるとはどういうことなのか」を生徒に問う。こうして、単なる座学というだけでなく、あらゆるクラスで“実戦経験”を積ませるのが、ハーバードのやり方なのだ。
日本では考えられない、多種多様な授業内容
ハーバードには世界各国から多様な背景をもったキャリア半ばの大人たちがやってくる。彼らは皆、卒業後というキャリアの新たな“実戦”に備え、「自分にはどんな知識やスキルが足りないのか」、「自らの夢に少しでも近づくために、何を勉強して身につけるべきか」をつねに問うている。そのため生徒個人の出身国や職業、生き方、夢によって取る授業は大きく違う。こうした学生たちのニーズに応えようと、学校側は実に多くの授業を用意している。
たとえば、コミュニケーション系だけでも幅広い。TEDトークのようなスマートなプレゼンテーションやスピーチのスキルを身につけたい人には、効果的な話し方を学べる「コミュニケーションの技とコツ」が人気。
「説得術:効果的に人を動かす方法と科学」は、オバマ大統領がハーバードの学生時代に受けたという名物授業だ。ニューヨーク・タイムズなどにある、専門家が投稿するオピニオン欄の書き方を学ぶ「政策、政治のための書き方入門」、上級編としては「上級ライティング:コラムと意見の書き方」というのもある。