「自分は全知全能の神」…《教育虐待する親》の"恐ろしき実態"伝える「作家・石井光太」の思い 「医大生の性暴力事件」「中国人爆入学」なども聞く

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でもそれは、子どもが親元にいれば、支配されているから変わらない。子どもを親から引き離して、フリースクールなどで1年間かけて親の呪縛から解いて変える。子どもはそこで自分がやりたいことに気づけば大きく伸びる。

子どもが自分から親と距離を取れるようになるのが一番ですが、小中学生ではなかなか難しい。高校生になってようやくなんとかできる。教育虐待の難しいところです。

教育虐待の当事者に実際に会って感じたこと

ーー実際に教育虐待の当事者に会ったときに感じたことはありますか。

加害者の親は、とにかく視野が狭いし、人生のステップというか、階段を登る生き方がひとつしかないと思っているんです。自分は全知全能の神で、自分が言う通りに子どもがやれば、すべてのことがついてくる。それ以外はいっさい認めない。

そういう考えの親から育つ子どもは、わけがわからないままそれに従っているんですけど、だんだん疲れ切っていく。11〜12歳の子どもにそこまでさせなきゃいけないのか、と思うこともありました。本当に可哀想でした。

ーー教育虐待を減らす、またはなくすために社会ができることは?

親が、子が生きるうえで何が大切なのか、将来何が必要なのかが、考えられなくなっているわけです。

ただ、それは親だけの責任ではない。ロスジェネ世代で就職に苦労し、ブラック企業に勤め、リストラに遭ったりすれば、子どもに対して高学歴を与えたい、課金して優秀になるのであればそうするのが親の役割とか、そういう一面的な考え方が横行していく。

さらに、塾やSNSからの情報が同質化していき、それが当たり前という社会の常識になってしまっています。そこで、親が子どもの教育にのめり込み、塾業界がさまざまな課金システムを作っていく。教育虐待は、そんな狭い世界のなかで起きてしまっているんです。

できることがあるとすれば、子どもが生きていくための力とは何か、という視点を親が持つための“教育の再定義”です。ただ、それが社会の役割かといえば、難しいところです。

教育問題はいま二極化しています。例えば、中学受験ブームは基本的に東京を軸とした首都圏でしか起きていません。一方、地方では学歴主義が薄れていて、学力がどんどん落ちているんです。日本全体では、学力や学歴がどうでもいいと思っている人のほうが圧倒的に多い。階層化と分断化が進んでいます。そのなかで国や社会に何ができるかといえば、なかなか難しい問題です。

われわれができるのは、問題を言葉にし続けることです。起きている問題を可視化し、本質的な要因は何かと問いかけ続ければ、それに気づく親もいます。親も子どもも疲れ果てたときに、撤退してもいいんだって思えるようになります。なので、社会のいろいろな立場の人たちが声を上げていくことが必要ではないでしょうか。

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