日本人が知らないイラン人驚きの「素顔」

アラブ人と同じだと思ったら大間違い

──一言で言うと、とにかく、個と個の関係ですべてが回る国だと。

たとえば、「組織の決定」という概念が存在せず、公的な地位の人の決定も、その時期そのポストにいた人の、その時点の判断でしかなく、個人的な約束にすぎない。私自身も1994~95年の最初の赴任の際、だいぶ痛い目に遭いました。イランでは基本そうであると肝に銘じておいたほうがいいですね。それを知らずに行くときっちりしてる日本人などそうとう振り回されますから。

岩崎葉子(いわさき ようこ)/1966年生まれ。東京外国語大学ペルシア語学科卒業。91年アジア経済研究所入所、テヘランに2回、イスタンブールに1回赴任。2009年に一橋大学大学院博士課程修了(経済学博士)。著書に『イラン国民経済のダイナミズム』(共編著)、『テヘラン商売往来』、『発展途上国の市場とくらし』(共著)ほか

それとチームワークが非常に苦手です。「3本の矢」という格言があるように、日本人は3人集まれば能力3倍と期待しますが、「イラン人は3人集まると1本分にもならない」と当のイラン人が笑って言ってました。そもそも3人集まったとしてもただ居合わせただけで、チーム意識はゼロ、不思議なくらい(笑)。

たとえば、これはあなた方のミッションです、と一斉に通達すると誰もやらない。「あなた方」じゃダメなんです、一人ひとりに「あなた」で言わなきゃ。組織として成果を上げるっていうことがモチベーションにならないんですね。彼らは、自分が非常に期待されているとか、「キミは特別だ」とか耳打ちされたりすると、がぜんヤル気になる。チームとしての目的達成など、ぜんっぜんヤル気につながらない。

イランには集団という「縛り」がない

──会社のためのサービス残業など、想像もつかないわけですね。

日本の怖さは組織というものに流される、個人が組織に埋没しちゃうところだと思う。自分はどう考えるか、どう価値判断するのかということに非常に無頓着。でもそれはやはり危険で、流されやすいと思うんですね。現代でもそんな文化が日本社会の底流にあって、何となく集団で動く、集団無責任体制みたいな。そのシステムが疲弊し始めているんじゃないか。イランにいてすごくいいと思う点は、そういう縛りがないこと。日本のように自分が属する企業名や肩書は通用しない。つねに自分自身と向き合わざるをえないところですね。

それと重要なのが、そういう個々が主体の社会で、絶えず一人ひとりと交渉しないと生きていけない社会でも、決して孤独ではないんです。

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