テロリズムに対して映画は何をできるのか

映画が人々の思想に与える影響は大きい

映画が人に与える影響は必ずしもプラスだけとは限らない(写真:adam121 / PIXTA)

 「俺は殺し方をギャング映画で覚えた」

映画には本とは異なる影響力がある。ある映画に出会ったことで、程度に差こそあれ、人生に何か変化が生まれたような経験がある人は少なくないだろう。だが、その影響が必ずしもプラスの面に働くとは限らない。

冒頭の言葉は、インドネシアのドキュメンタリー『アクト・オブ・キリング』に出てきた一言だ。かつて大虐殺を行ったギャングたちに、当時の拷問や虐殺を再現させる同映画のなかで、ギャングのボスが発したこの言葉は、ずっと私の胸のなかで渦巻き続けてきた。

社会に映画を送り出す「配給」の仕事に携わる身として、映画がそれを観た人、そして社会にもたらしうる影響から、目を背けるわけにはいかない。

そんな中で出会ったのが本書『テロルと映画』である。凄惨な暴力、憎悪と怨恨を映画はどう描いてきたのか。テロリズムに対し映画に何ができるのか。テロリズムをテーマとしたさまざまな映画を分析しながら、映画作品と社会との関係性、そしてテロリズムそのものについて紐解いていく一冊である。

テロリズム映画には2種類ある

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そもそも「テロ」という言葉そのものの危うさを、著者は指摘する。テロリストという言葉は、政治的・軍事的に敵対している国家や政治集団の間で、相手側を誹謗中傷するのに使われる言葉だ。境界線を引いて敵と味方に二分し、不毛な憎悪の応酬を生み出す。一方から見た「テロ」が、他方から見れば「正義」や「英雄」にもなりうることを考えると、この言葉自体がもつ暴力性と、生み出される「敵/味方」構造の脆弱性は明白であろう。

この「テロ」の性質から、テロリズムをめぐる映画は大きく2つに分けられる。ひとつはテロの線引きを“する”側の視点で、テロを外部のものととらえた映画。もうひとつは、線引きを“される”側の視点で、テロを自身の内部のものとして引き寄せて作られた映画である。

前者は、ハリウッド映画に代表される善悪二元論、勧善懲悪構図の映画だ。筆者はそれを「テロリズムを社会の秩序と安全を脅かす悪とみなし、その駆逐と排除の過程をエンターテインメントとして提示するフィルム」と表現している。

「世界に蔓延するテロリズムはすべてアメリカに敵対するものであり、犠牲者は必ずアメリカ人で、アメリカの男性によって根絶される」という図式は、怪奇映画からホラー映画まで、ジャンルを問わずハリウッド映画に共通している。

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