まるで「粗挽き黒コショウのよう」野生動物の亡骸から無数の生物が這い出てくる恐怖――20年経っても慣れない解剖前のあの"光景"

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粗びき黒コショウのように散らばる数えきれないほどの黒点……その1つひとつがマダニなのです。

獣医病理医として働き始めて20年近くになりますが、遺体からマダニの大群がザアーっと現れる光景には今も慣れません。遺体の耳の内側など皮ふの薄い部分に、吸血して膨らんだマダニがびっしりと食い込んでいることもしばしばです。

遺体を冷凍すればマダニは死滅するのですが……細胞や組織は凍結すると変性してしまうので、病理検査ではご法度です。

冷蔵でもマダニの動きは鈍りますが、死にはしないので、ぼくはとにかく、解剖台に出てきたマダニにアルコールスプレーをたっぷりかけて動きを止め、回収します。

解剖中には素肌をさらさないように、手袋、キャップ、長袖、長ズボン、白衣を着用するのはもちろん、手袋と白衣の袖の部分をガムテープでマスクするようにしています。さらに、仕事を終えて帰宅したら、お風呂に直行するようにしています。これは、病気の動物(の遺体)と接する者としては、基本の感染症対策でもあります。

人間の致死率27%のSFTS

マダニが厄介なのは、単に人を咬んで吸血するだけでなく、ウイルス、細菌、原虫といったさまざまな病原体を人や動物に感染させることです。そのなかでも近年とくに問題視されているのが、SFTS(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome:重症熱性血小板減少症候群)です。

SFTSは2011年に中国で初めて報告された比較的新しいウイルス感染症で、日本でも2012年に患者が確認されて以降、患者数は増加の傾向にあります。

2021年以降、国内では毎年100名を超える患者が報告されており、直近の2023年には134名、2024年には120名の患者が発生しています。そして、今年は8月17日までで患者数はすでに143名にのぼり、過去最多となっています。

国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイトより(2025年1月31日時点のもの)
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