【追悼】志太勤氏、レストランカラオケの草分け「シダックス」を創った男の"不屈の経営哲学"

7月9日に鬱血性心不全のため90歳で逝去した志太勤氏。給食事業とカラオケ事業という2つの柱で一時代を築き上げた(撮影:尾形文繁)
給食・食堂運営で成長を遂げ、一時はカラオケ事業でも成功を収めたシダックスグループ(以下シダックス)の創業者、志太勤氏が7月9日、鬱血性心不全のため90歳で逝去した。
給食事業とカラオケ事業という2つの柱で一時代を築き上げた稀代の経営者は、その後の事業環境の変化とコーポレート・ガバナンスをめぐる課題に直面し、最終的には他社の傘下に入るという結末を迎えた。
志太氏の経営から見えてくるのは、「過去の成功体験が、時として未来への足かせとなる」という厳しい現実だ。その人生を前後編に分けて見ていきたい。
後編:カラオケ衰退に同族経営の闇… シダックス"カリスマ創業者"が陥った「成功体験」という病
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鮮やかによみがえる25年前の光景
7月18日にシダックスが公表した訃報に接し、筆者の脳裏にワイングラスを傾けながら志太氏に単独インタビューした日の光景が鮮やかによみがえった。目の前には、陽光を浴びたブドウ畑が海のように広がっていた。
そこは、ワイン愛好家だった志太氏が10年の構想を経て、私財を投じて2000年1月に開設した中伊豆ワイナリー シャトーT.S(静岡県伊豆市)。志太氏が築いた“城”である。成功を手にした志太氏はワインづくりよりも、「事業づくり」について熱く語っていた。
当時、66歳になっていた志太氏は“熟成”した経営者に見えたのだが、企業経営は山あり谷あり。事業を取り巻く環境がどのように変化するか、成功したビジネスモデルが熟成し続け、味に磨きがかかるかは予測不可能。どれほど優秀な経営者でも未来は見えない。
シダックスの変遷をたどると、その真理にうなずく。人生100年時代の今、「60代はまだ熟成の途上」なのかもしれない。
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