「俺は船堀の人間じゃないんだけど、仕事のあとにはちょくよく来てますよ。仕事はね、飲食業。もっと細かく言うと、魚市場の仕入れだね。早朝に出かけて、昼過ぎには終わるので、3時前にはここに来ることができる。
船堀の住みよいポイントかい? そりゃやっぱり住んでる人だよね。みんないい人なんだ」

そういうバタさんもいい人で、「タオルは持ってるの?」とこちらのことを気にかけてくれる。「あ、いや、中で買うつもりです」「だったらあげるよ。会社のタオルが売るほどあるんだ」、と車の後部座席からまっさらのタオルを1本取り出して渡してくれた。
銭湯で温まる前に心が温まった、なんて言うと気取りすぎだけれど、実際そんな気分になった。横から70歳過ぎのおじさんが、「俺は毎日来てるよ。江戸川区じゃ区内在住で60歳以上なら、申請すると健康長寿入浴証がもらえるんだよ。これを持ってくれば通常550円の銭湯がいつでも270円で使える」。
おじさんはこう続けた。
「船堀はさ、交通の便もいいよ。地下鉄に乗れば新宿まで30分だし、バスもたくさん走ってる。駅前からは江戸川の競艇場までの無料バスも出てるしね、住むといいとこだよ」
派手さはないけどそこがいい
鶴の湯について、バタさんは「あんた、熱いお湯は大丈夫かい。ここは日によっちゃ熱いよ。御徒町の燕湯も熱いけど、こっちはあれ以上だ」と脅す。かなりの銭湯マニアなようだ。幸いこの日は、私にとっては当たり日で、鶴の湯のお湯は、さほど熱くなかった。
お湯を浴び、脱衣所でのんびりしていると、さきほど「健康長寿入浴証」の話をしてくれたおじさんが「何飲みたい?」と小銭をじゃらじゃら鳴らしながらやってきた。
「いえ、大丈夫です、自分で買います」
「そんなこと言うなよ、これもなんかの縁だ、ほら何が飲みたいんだよ」
「でも、そういうのは、えっと、いちご牛乳……」
思わずごちそうになってしまった。
船堀は、タワーの足元に暮らす人びとのぬくもりが、じんわりと肌にしみる街だった。数年後には区庁舎もやってくることだし、界隈の開発も進むだろう。派手さはないけれど、住めばきっと、ちょっといい街だ。
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