「やっぱり生涯現役がいい」、引退宣言を3日で撤回した《87歳のバッグ職人》。娘は「仕事を取り上げたらあかん」と実感するが葛藤の日々

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ある友人は、『80代の親がデイサービスに行き始めたけれど、いつも嫌がって困っている。無事に施設に送り届けても、すぐに帰りたいと泣くんだ』と言っていました。そういう話を聞くと、自分に何かできないかって思うんですよ」

そうした周囲の声から着想を得たのが、G3sewing流「働けるデイサービス」だ。

「高齢になると病気がちになったり、できないことも増えてきたりして、『自分はもう生きている意味がない』と、嘆く方も多いと聞きます。でも、どんな些細なことでも自分に何かやれることがあれば、『自分はここに居てもいい』って、力が湧いてくると思うんです。

そう強く思えるのは、ミシンという生きがいを得て、うつ状態からよみがえった父の姿を間近で見てきたからこそ、かもしれません」

「G3sewing」では、現在、内職の職人を複数名抱えているが、中には80代、90代のスタッフも活躍している。そこで介護のプロである姉・法子さんの経験と知識を活かして、介助が必要な高齢者も工房で働ける体制を整えたいという。

「皆でワイワイガヤガヤ、おしゃべりしながら手を動かすと楽しいですし、脳も活性化します。おまけに仕事にもなるからお給料ももらえます。将来的には大きな工房を借りて、介助が必要なシニアも楽しく働ける施設を作りたい。そんな新たな野望が生まれました」

両親は老後を楽しまなくていいのか?

父である斉藤さんの引退を撤回し、「生涯現役を貫いてもらう」と決めた千里さんだが、時々ふっと気持ちがぐらつくこともある。

「両親ともども『G3sewing』で生涯働き続けたいと言ってくれていますが、せっかく働いたお金で老後を楽しまなくていいのか? 好きなときに散歩したり、遊びに出かけたりしなくていいのかと、疑問がよぎることがあるんです」

世間一般で言う、悠々自適な老後がないことに、千里さんは、「父母は自分のためにお金を使うことなく、死ぬまでせっせと働き続けて、本当に幸せなのか?」とさえ思うこともあるそうだ。

看板
Twitter(現X)のフォロワーさんから描いてもらったイラストで作った「G3sewing」の看板。「手焼きクッキー店の老舗、『ステラおばさん』のように長く愛されるブランドにしたい」と三女の千里さんは話す(写真:筆者撮影)

本当の気持ちは、本人しかわからない。だが、斉藤さんは頬をゆるませながら、こう語った。

「仕事がなかったら、もうボケとるわね(笑)。ミシンを始める前は、自分がやりたいように我がままに生きていたもんだから、失敗ばっかりやった。家族にもだいぶ迷惑をかけてしまった。

だから、今は自分で考えるよりも、娘たちがやりたいことを手伝いたいね。バッグを待ってくれているお客さんのために働きたい。毎日、仕事があるって幸せなことだよ。まだまだ生きなさいってことやろなぁ」

斉藤さんは大きな笑みをこぼした。

伯耆原 良子 ライター、コラムニスト

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ほうきばら りょうこ / Ryoko Hokibara

早稲田大学第一文学部卒業。人材ビジネス業界で企画営業を経験した後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に。就職・キャリア系情報誌の編集記者として雑誌作りに携わり、2001年に独立。企業のトップやビジネスパーソン、芸能人、アスリートなど2000人以上の「仕事観・人生哲学」をインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。両親の介護を終えた2019年より、東京・熱海で二拠点生活を開始。Twitterアカウントは@ryoko_monokaki

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