「70歳のステージじゃない」「紅白見てハマった」51周年のバンド《THE ALFEE》が再ブレイクのワケ…一度も“活動休止せず”走り続けてきた凄み

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

そして、ファンクラブ会報誌では、こう記している。

「ぼくらは三人とも切磋琢磨するタイプではない。どちらかと言えば相手に依存し、もたれかかるタイプだ。しっかりもたれ合っていれば倒れることはない」

もたれ合えるのは信頼しているから。坂崎のインタビューからもそれがうかがえる。

「『桜井さんと坂崎さんは曲を書かないんですか』と聞かれるけど、三人で歌って楽しい曲を高見沢が書いてくれるんだから、その必要はなかったですね。歌いたくない曲なんて来たことがないし」

音楽の流行も常識も価値観も、変わっては、また巡りくる。彼らはそのサイクルに揺さぶられないよう、3人でもたれ合い、笑いながら、自分に足りないパーツを埋めてもらい、幸せを共有している。

THE ALFEE
メンバー同士の仲がよく、プライベートで外出したこともSNSで報告している(画像:THE ALFEE公式Instagramより)

デビュー当時は「グループ戦国時代」

ただ、バンドの歩みはけっして順風満帆ではなかった。

高見沢俊彦と坂崎幸之助は1954年生まれ、桜井賢は1955年生まれ。いわゆる、「シラケ世代」だ。10代の多感な時期に、学生運動の熱狂と過激化による混迷、絶望と敗北感が漂う時代を過ごした。

しかし音楽業界は最高に面白い時期で、日本の歌謡界でも、憂いや無気力をロマンや哲学に変えた名曲が数多く生まれていた。

同時に、1960年代後半から猛烈に吹き荒れたザ・ビートルズ、サイモン&ガーファンクルといった洋楽人気が継続。ここにレッド・ツェッペリンやディープ・パープル、ピンク・フロイドなどの初来日が重なり、洋楽ロックブームが爆発し、若者はこぞってギターを片手に真似をしたのである。  

THE ALFEEの3人も、そんな時代の中で出会い才能を開花させたわけだが、逆に言えば、同じテンションの音楽小僧たちがワンサカいた。

次ページ右を見ても左を見てもライバル
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事