ひろゆき「ひたすら本を読ませる教育は間違いだ」 日本人が知らない成績とシン読解力の相関関係
知識や常識があると、勝手な臆測で「多分こうだろう」と流し読みしてしまって、大事なチャンスを逃すというのもよくある話ですよね。
昔、SNSで「あけましておめでとうございます」を「あけまてしおでめとうございます」と書いても、誰も気づかずに流し読みしてしまったという話題もありました。
化学実験なんかも、常識外あるいは想定外の温度にしてみるとか、量を入れてみるというようなことは、大人ほど「やってもしょうがない」という常識で判断してしまうところがあります。
でも、装置の調子が悪くて必要な温度まで上げきれなかったという偶然が青色発光ダイオードの発明につながったという話もあります。
やろうと思ったわけじゃないから、できたということがあるんですよね。まず常識をとっぱらって、物事を処理することもあるよねという話です。
「シン読解力」の向上は生産性を高める
メールやチャットといった文字のコミュニケーションが多い社会は、口頭でごまかすことができなくなるので、きちんとした読解力のある人たちにとっては、ラクな社会だと思います。
「シン読解力」がないために、メールが苦手で口頭で説明したいという人もいます。
でも、口頭で伝言すると、情報がだんだんずれてしまうので、やっぱりテキストで一言一句、間違いなく伝える能力を身に付けたほうがいいと思います。
自分の思いが過不足なく書けるのであれば、文章で書くほうが効率はいいはずです。
僕はリモートでずっとやってきたので、書き言葉の人なんですけど、文章がめちゃくちゃ短いんですよ。「はい」「いいえ」「了解です」ぐらいしか書かない。
面倒臭いのもあるんですけど、わかりやすいほうがいいよねと思います。
10人に電話して説得するのと、メールで書いた文章を10人に送るのなら、メールのほうがラクじゃないですか。
テキストベースの社会になれば、口頭で話す時間はますます取れなくなりますから、「シン読解力」を高めたほうが、より多くの作業ができて、生産性も上がると思います。
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