
豊川悦司が演じるハリソン山中。彼はそのどこか人間離れしたミステリアスなたたずまいに象徴されるように、わたしたちにとって悪魔的な存在であるといえるだろう(画像:『地面師たち』より)
Netflixのドラマシリーズ『地面師たち』が大ヒットしている。
配信直後から国内再生ランキングで1位を記録し、国内外で話題になっている。2017年に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」をモデルにするなど、ノンフィクションの要素を多分に含んだ社会派エンターテインメントが圧倒的に支持されているのは、現在の世相も関係しているが、おそらくもっと深いところでわたしたちの感情を突き動かしているからだ。
根底にあるのは普遍的な思考への回帰
ドラマの見所は、他人の土地の所有者になりすまし、不動産デベロッパーに詐欺を働く地面師グループの巧妙な手口をめぐって展開されるサスペンスである。
しかし、その根底には、人類史にまたがる普遍的な思考への回帰が垣間見える。それが昨今の過剰な投資熱や所有欲というものに対する反発や、その背後にある不平等感などと相まって、単なる犯罪ドラマ以上のカタルシスをもたらしているのだ。
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