絶滅危惧「ツシマヤマネコ」人のせいで犠牲の悲劇 ロードキルは単なる「不幸な交通事故」ではない

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ロードキルによる遺体の大半は、道路の管理者によってそのまま焼却処分されるため、記録に残りません。ほとんどが解剖されることなく、死亡時の状況から交通事故死と判断され、そのまま処分されているのが現状です。

ぼくが知るかぎり、ロードキルやその背景に興味を持って遺体の死因究明を行っている研究者は、日本国内にはほとんどいません。

しかし、これまで調べられていないから明らかになっていないだけで、ロードキルの中には、何らかの「異変」が原因となって起きているケースがあるかもしれないと、ぼくは考えています。

まだ集めた症例を解析中なので確かなことはいえませんが、例えば、寄生虫などの病原体に脳が侵されて脳炎を起こしていたり、肺が侵されて呼吸困難になっていたりする動物なら、もうろうとした状態で車両が行き交う道路に出てくるかもしれません。

特にトキソプラズマという寄生虫(トキソプラズマについては過去記事「愛猫を失った男性の『ネコ』は外が幸せ」という誤解」に詳しく書いています)は、寄生した動物の行動を変容させる可能性が研究によって示唆されており、これによって起きているロードキルがあるかもしれません。

実際、タヌキやアナグマなどの野生動物の遺体を解剖すると、トキソプラズマによる病変が観察されることもあります。

ほかに、人間による虐待で傷ついて死んだ動物が道路上に遺棄され、ロードキルに偽装されたのではないかと思われるケースも、ぼくは目にしています。なんとも許しがたいことです。時間と予算があればもっと多くの遺体の死因を究明できるのですが、1人では1日に解剖できる数もかぎられていて、常々、歯がゆく思っています。

不幸な動物を減らす責任がある

ロードキルの原因の多くは人為的なものですから、ぼくたち人間には野生動物の死因をきちんと調査し、不幸な動物を減らす責任があります。

ただ、これは動物たちのためというだけでなく、ぼくたち人間のためでもあります。ロードキルの原因を探ることで、その背景にある地球環境の変化や、未知の病原体、人に影響を及ぼしうる環境汚染物質などを事前に察知できるかもしれないからです。

ロードキルは、単なる不幸な交通事故ではありません。きっと「自然からの警告」でもある――ぼくはそう考えています。

中村 進一 獣医師、獣医病理学専門家

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なかむらしんいち / Shinichi Nakamura

1982年生まれ。大阪府出身。岡山理科大学獣医学部獣医学科講師。獣医師、博士(獣医学)、獣医病理学専門家、毒性病理学専門家。麻布大学獣医学部卒業、同大学院博士課程修了。京都市役所、株式会社栄養・病理学研究所を経て、2022年4月より現職。イカやヒトデからアフリカゾウまで、依頼があればどんな動物でも病理解剖、病理診断している。著書に『獣医病理学者が語る 動物のからだと病気』(緑書房,2022)。

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大谷 智通 サイエンスライター、書籍編集者

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おおたに ともみち / Tomomichi Ohtani

1982年生まれ。兵庫県出身。東京大学農学部卒業。同大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻修士課程修了。同博士課程中退。出版社勤務を経て2015年2月にスタジオ大四畳半を設立し、現在に至る。農学・生命科学・理科教育・食などの分野の難解な事柄をわかりやすく伝えるサイエンスライターとして活動。主に書籍の企画・執筆・編集を行っている。著書に『増補版寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)、『ウシのげっぷを退治しろ』(旬報社)など。

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