紫式部が見た「中宮彰子」の異様すぎる"出産光景" 出産は「物の怪」との戦い、涙を流す女房の姿も
その日の中宮は不安げな様子で、起きたり、横になったりを繰り返しながら、過ごされました。
そんな中宮の周りには、数カ月前から集められた僧侶や修験者、陰陽師がそろって集合しています。
ある者は大きな声を出し、中宮に取り憑いた物の怪を追い出して、形代(呪術の道具)に移すための作業を行いました。そして、陰陽師はお祓いをしていました。
紫式部はこのときの様子を「多くの者が加持祈祷をしている。仏が飛び回り、邪霊退治をされているに違いない」と日記に記しています。祈祷の声の騒々しい様子が伝わってきますね。寺院に読経を依頼する使者も、その日1日、慌ただしく動いていました。
中宮への想いが募り泣き出す女房も
そうこうしているうちに、その日は暮れ、また朝がやって来ました。
御帳台の東側には女房たちが控え、西側には、物の怪を封じ込めた「形代」が置かれました。屏風で作った出入り口では、修験者がお祓いの声を張り上げる厳戒態勢のまま。南側には、高僧たちが折り重なるように座り、祈祷していましたが、その声はすっかり枯れていたようです。
さらに襖障子と御帳台の間にある狭い場所には、40人余りの者が座っていました。人々は、身動きすることもできず、のぼせたようになっていたようです。中宮の出産を控えた緊張感や、興奮がみなぎる様子がひしひしと伝わってきます。
屋敷は混雑を極め、一度、自宅に下がった女房などは、せっかく来たにもかかわらず、屋敷に入れてもらえない有様でした。屋敷に入れない女房たちの中には、中宮への想いが募り、泣き出す者もいたようです。
9月11日も、依然として、人々の興奮状態は続いていました。中宮は、御几帳(ついたて)が幾重にも重ねられた中で、過ごされていました。
そこへ、僧正などが参上し、加持祈祷を行います。それを見守る女房たちは「ここまで祈祷をしているのだから。難産はあったとしても、まさかのことは……」とお互い言い合いつつも、泣き出す有様です。
大人数の女房に取り囲まれていては、中宮も圧迫感があるだろうと、道長の配慮により、女房らは、御帳台の南側や東廂(廊下のような細長いスペース)に分散させられます。産所の二間には、ある程度身分が高い女房だけが控えることになりました。
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