新人のダイゴさんにも、保険商品の説明に行くためのアポイントを1カ月で3件取るというノルマが課せられた。成約ではなく、商品説明のためのアポイントである。しかし、ダイゴさんは1件の約束も取り付けることができなかった。その結果、上司から呼び出され「この仕事、向いてないだろう。商品のこと勉強する気、ないよね。辞めるしかないんじゃない?」と責め立てられた。結局1カ月あまりで退職した。
「電話帳で調べて電話をかけるのですが、まったく話を聞いてもらえない。きつかったです。(退職については)強要されたというよりは、自分でも無理だと思ったので辞めました」
このころ、私は民営化を控えた郵政職場の現場をたびたび取材していた。ダイゴさんの言う通り、ノルマは保険商品だけでなく、年賀はがきや暑中見舞い用はがき、ふるさと小包など多岐にわたり、多くの職員が自腹でノルマを達成する「自爆営業」を強いられていたのは事実だ。それに伴うパワハラ行為も横行。自殺した職員の遺族に話を聞いたことも、1度や2度ではない。
取材に対し、当時の日本郵政公社の広報は「ノルマではなく、数値目標」として一貫してノルマの存在を認めなかった。しかし、2018年には一部メディアがまたしてもかんぽ生命の不適切販売と、その背景にある過剰なノルマについて報じた。まだこんなことをやっているのか――。私は怒りを通り越してあきれた。
ダイゴさんによると、毎朝の“やる唱和”とは別にこんな唱和もあったという。
「私は仕事を愛します! ですので、郵便事業の名誉を毀損するような犯罪や問題は絶対に起こしません」
20年前のことなので、不確かな部分もあるが、おおむねこのような内容だったという。不適切なことをしなければ達成できないようなノルマを課しながら一方で「罪は犯しません」と言わせるのは矛盾なのではないか。
ダイゴさんに課せられた月3件のノルマは、それ自体は非常識とまではいえない水準だろう。1カ月での退職も、一般的には早すぎると思われるかもしれない。ただ早々に退職を決断したからこそ不適切販売に手を染めなくて済んだという見方もできる。
20代後半で発達障害の診断を受ける
しかし、ダイゴさんはその後も定職に就くことができなかった。そして20代後半で発達障害の診断を受ける。これにより、月7万円の障害年金が支給されるようになった。
両親はダイゴさんの障害について理解してくれないという。特に父親からは「大学まで出してやったのに、金をドブに捨てたようなものだ」「仕事が続かないことを障害のせいにして甘えていくのか」と突き放された。
ダイゴさんは転職を繰り返しながら1人暮らしをしていたが、生活費が足りず、両親から金銭的な援助を受けることもあった。しかし、早々に「あとは自分でなんとかしろ」と言われてしまう。実家と疎遠になり、最終的には家賃滞納で住まいを失うことに。一時的に生活保護を利用したものの、ケースワーカーから「仕事を見つけなければ、廃止します」と言われ、自ら利用をやめた。
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