紫式部「アラサーで夫と死別」幼い娘との壮絶経験 気持ちがすれ違う中で起きた悲しい出来事
「しののめの空霧り渡りいつしかと 秋のけしきに世はなりにけり」(夜明けの空も霧が立ち込めて、早くも秋の景色となりました。あなたは早くも私に飽きたようですね)と詠んでいるのです。
これは宣孝から送られてきた歌「うち忍びなげき明かせばしののめの ほがらかにだに夢を見ぬかな」(ため息をついて夜明かしをしたので、夜明けに懐かしいあなたの夢も見ることができなかった)への返歌です。
これらの歌からは、夫の宣孝が紫式部のもとに通う頻度が減っていたことがわかります。
夫の浮気を疑い悲しみに暮れる
また紫式部の別の歌には「横目をもゆめと言ひしは誰なれや 秋の月にもいかでかはみし」というものもあります。
「私(宣孝)も決して浮気などして、お前(紫式部)に心配をかけないからと仰ったのはどなたでしたか。私がどうして秋の月を眺めて夜を明かしたのか、あなたはおわかりですね」ということを意味しています。
どうやら紫式部は夫の浮気を疑っているようです、いや確信しているようにも思えます。
宣孝は紫式部と結ばれる前に別の女性と結婚していますし、先妻との間に子どももいました。宣孝は元々、プレイボーイ的な性格。それは紫式部もよく理解していたうえで結婚したはずです。
しかし、いざ、夫が自分のもとに通ってくる頻度が減ってくると、やはり腹立たしさや悲しい気持ちになったのだと思われます。
「入る方はさやかなりける月かげを 上の空にも待ちし宵かな」(あなたのお目当ての所ははじめから他所の方(女性)とはっきりしていたのに、私は今か今かとあなたを待っていました)という紫式部の歌からは、夜になってもすぐに眠らず宣孝の訪れを待つ、健気な様子が垣間見えます。
それに対し、宣孝は「さしてゆく山の端もみなかき曇り 心も空に消えし月かげ」(訪ねようと思っても、あなたの機嫌が悪そうなので、途中で逃げてしまったのです)と歌を送りつけてきました。
2人の仲は、危険水域と言っていいかもしれません。紫式部は、手紙上での夫婦喧嘩のときでも「罵り合って2人の仲を絶ってしまうおつもりなら、それでもかまいません。お怒りになるのを怖がってはいません」と夫にキッパリ主張するタイプの女性でした。
堂々とした態度には好感が持てますが、宣孝は紫式部の気の強さが段々と苦手になっていったのかもしれません。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら