「ガンダム」生みの親が語る日本エンタメ史の裏側 安彦良和氏が驚愕した才能、原作のアニメ化に思うこと

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アニメづくりにおいて絵コンテは設計図のようなもので、それに沿って作業を進める。設計図に落とし込む時に、シナリオから変えざるをえない点はどうしても出てくる。

ただ、ここに原作がある場合にはちょっと話が変わってくる。原作を変えてさらに良くすることができるなら改変してもいいだろうけど、損なうケースのほうが多いのではないか。

だから僕は、アニメの仕事をしていた時代にも、ほかの人が手がけた原作のあるアニメはやらないと決めていた。下手に原作を傷つけたら申し訳ない。

劇場版アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』は、原作者の井上雄彦さんが自ら克明にアニメ化して、それで原作のファンが大喜びし、新規のファンもついた。これは井上さんにそれだけのスキルがあったからこそできたことで、本来はそうあるべきだ。

漫画の表現方法は完成の域に近づいている

――最近は、原作のあるアニメは「いかに原作に忠実か」が原理原則になり、かつてあったようなアニメのオリジナル展開も減るなど、アニメとしての表現の幅が制約されているとも言えます。

ある意味また、漫画が「主」でアニメが「従」という昔の時代に戻ったといえる。一方で、オリジナルアニメしか作らない、というクリエイターもいる。それは、今ではアニメが独立した表現手段として認められているから。

「原作に忠実なアニメ化」をやりたい人はやればいいし、やりたくない人は自分の世界観を築けばいい。今は、かつてと異なり、その道があるのだから。

日本の漫画は非常に特殊な媒体だ。2次元で彩色がないシンプルでローテクな表現だが、読む側が想像力を働かせれば、無限に世界は広がっていく。そこに、世界中から注目が集まっている。

コマ割り1つを取っても、コマの大小、形、流れ――たとえばページをめくったときにあっと驚くような大ゴマが用意されているとか、工夫が重ねられてきた。漫画が追求してきた表現方法は、今や完成の域に近づいている。これは、日本の財産なのだと思う。

今は、海外からカラーの縦スクロール漫画が入ってきて、先日も自分の漫画が縦スクロール版になって版元から送られてきた。ここから新しい表現が生まれるのかもしれないし、「やっぱり違うね」となるかもしれない。今はその過渡期にあるのだろう。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界、総合電機業界などの担当記者、「東洋経済オンライン」編集部などを経て、現在は『週刊東洋経済』の巻頭特集を担当。過去に手がけた特集に「半導体 止まらぬ熱狂」「女性を伸ばす会社 潰す会社」「製薬 サバイバル」などがある。私生活では平安時代の歴史が好き。1児の親。

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