リーダーに必要な「しんがりの思想」とは?

鷲田清一氏が説く「政治リーダー論」

──東日本大震災という大惨事もありました。

鷲田清一(わしだ きよかず) 1949年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。関西大学、大阪大学、大谷大学の各教授を経る。阪大では総長も。専攻は臨床哲学・倫理学。著書『分散する理性』と『モードの迷宮』でサントリー学芸賞、『「聴く」ことの力』で桑原武夫学芸賞受賞。ほかに『「ぐずぐず」の理由』など著作多数。

大いに考えさせられました。明治以降、社会の近代化の名の下に、市民はそれまで地域社会や家族で担っていた「いのちの世話」を委託するようになりました。たとえば、病や傷の手当て、看護、介護、出産の手助けといったものを公的サービスに押し付けてしまった。税金を払うからやっておいてと。他者に押し付ける責任放棄の構造です。

市民が顧客という受け身の存在に成り下がったのですね。責任を負う心の劣化といってもいい。押し付けとお任せの合わせ鏡です。

日本社会全体を効率化することで近代化の道を歩んだということでしょう。結果、世界一の長寿国になり、インフラも整いました。その分、いざとなったら自分で引き受けるという市民としての力が落ちてしまった。

もし政治や行政で不祥事が起きたら、きちんと税金を払っているのに何をやっているのだと追及するだけ。いわゆるクレーマーにしかなっていません。いざとなったら自分でやる、その代わり税金は払わない、などとは考えられない。明治以降の近代化の流れは、市民としての成熟ではなく、幼児化の流れだったのではないでしょうか。大震災で見えたものの一つです。

「専門家頼み」が市民の劣化を招いた

──市民が劣化状態から脱却するにはどうしたらいいのでしょうか。

脱却の大きな壁として立ちはだかるのが「専門家」の存在です。これまで専門家に依存しすぎました。

東日本大震災の際、原発事故が起きましたが、専門家と呼ばれる人が結論を出せない。それぞれの立場で言うだけ。全体を見てコンセンサスをとらなければいけないのにできませんでした。逆説的に言えば、現代に起こる事象は専門家に任せるにはあまりに荷が重い、ということかもしれません。

細かな領域を知っている人が専門家だと思ったら誤解です。今、特に自然科学の博士論文のタイトルを見ても何を言おうとしているのか想像もできません。本来、博士号はどのような問題であっても、その専門分野を基にして合理的・科学的な答えを出すというものでした。細分化され隣の畑で使えないなら博士号は意味がない。どんな問題を与えられても一緒に考えてくれる人、それが本来の専門家だと思います。そのために専門家は歴史的な教養が必須だと思います。

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