あの人事抗争がパナソニックを没落させた 松下幸之助の"遺言"をめぐる壮絶な抗争

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ナショナルリース事件と欠陥冷蔵庫事件には、繰り返しになるが、谷井を痛めつけ、追い落とすためのシナリオと演出のあとが、刻印として残っている。そのことを、松下電器とパナソニックの役員OBで構成される「客員会」のメンバーに告げると、この人物は、とたんに顔色を変え、かつての記憶を反芻(はんすう)するかのように沈思黙考した。

やがて面をあげると、「面白い、非常に面白いストーリーだ」とつぶやき、こう言葉を継いだ。「ノンフィクションではなく、フィクションとして書くんでしょう」。ちゃかすことで、動揺を悟られまいとするかのように。

別の側近のひとりも、たしかに腑に落ちないことが多いと認めたうえで、こう語った。

「普通は、不良品の問題が出ると、半年間、何もしないで放置しておくことなどありえない。その間、テクニカル・サービスの技術者が戸別訪問し、部品の無料交換などで不良品問題を消していく。対応を誤った場合は別として、子会社の問題で親会社の社長のクビがいちいち飛ぶようなことはない。たしかに、おかしな事件でした」

当時の谷井には、自分が辞めることで混乱が治まれば、経営は正常化し、今後の成長のために準備してきたイノベーションの数々を、予定どおり成就できるとの思いがあったのだろう。だからこそ、腹心の副社長が、「もう、ややこしいから、一緒に辞めまひょか」と申し出た際、「いや、君は残ってくれ。残って、MCAを生かした経営戦略の引き継ぎをやってくれ」と語っている。

英文資料が明かした転売劇の真相

社長時代の谷井が、米国の総合メディア企業MCAを買収したのは、傘下のユニバーサル映画などが持つ膨大な映像ライブラリーを活用し、次世代のネットワーク時代に備えるためであった。

いまでは当たり前になっている、オンデマンドで映像ソフトや音楽コンテンツを販売し、受像機などの製造だけでなく、そこで使うソフトの供給でも稼ごうと考えてのことだ。いわゆるソフトとハードの融合戦略である。

パナソニックの将来を託すために買収したMCAに関しては、しかし、松下側からはほとんど資料が公表されていない。元役員たちの話も断片的であった。

MCAとの交渉過程から転売に至るまでの経緯を検証しようにも、必要な情報を入手できないでいた私を助けてくれたのは、たまたま東京に長期滞在していた米国の友人である。雑談のなかで、八方塞がりの状況にあることを説明し、何か知恵はないかと相談すると、米国の大学や研究機関などの各種データベースにアクセスしてくれ、松下とMCAに関する面白い研究資料を見つけてくれたのだ。

考えてみれば、米国の偉大な文化産業である映画会社を、日本企業が買収するにあたって、米国の研究者やメディアが関心を示さないなどありえない。この友人が提供してくれた資料を手がかりに、米国の新聞記事、MCA会長のワッサーマンの評伝といった英文資料から、谷井たち当時の経営陣が、いかに苦労してMCAを手に入れていたかを知ることができ、同時に、両社の蜜月関係が壊れ、MCAが転売されるまでの空白期間もまた生々しく浮き上がらせることができた。

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