あの人事抗争がパナソニックを没落させた 松下幸之助の"遺言"をめぐる壮絶な抗争

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谷井による一連の収拾策を横目で見ていた相談役の山下俊彦は、その手際の悪さを嘆き、親しいジャーナリストに「自分を守ってくれる副社長を切って、どういうつもりか」と、呆れ顔で語っている。

実際、側近ふたりを失い、手足をもがれた格好の谷井は、その2カ月後、追討ちをかけるように発生した欠陥冷蔵庫問題によって、辞任の決意を余儀なくされるのである。

欠陥冷蔵庫問題は、子会社の松下冷機が製造した冷蔵庫において、冷却機能が低下する不具合が発生していたというものである。

ありえない社長インタビュー

この不良品問題は、松下冷機の社長交替人事と時を同じくして発生している。しかしその公表にあたっては、どう考えても異常としか言いようのない手順が取られ、騒動を治めるのではなく、わざと騒動を大きくするかのような対応がなされていたのである。

社長交替人事が発令された日は、松下冷機の決算発表会の当日でもあった。内示を受けたものの、この時点ではいまだ社長ではない。1カ月後に予定されていた株主総会での信任を受けていないからだ。だが、そんな手続きはおかまいなしで、新社長は同発表会を取り仕切ったうえ、同社の製造した冷蔵庫に欠陥のあることまで公表していた。

しかもこの人物は、半年後、歳末商戦を前に、毎日新聞と朝日新聞の個別取材を受け、不正確な説明と消費者軽視の発言を繰り返していた。おかげで、欠陥冷蔵庫問題は社会問題化し、「お詫びとお願い」と題した社告まで出さなければならなくなった。いつ、松下製品への不買運動が起こってもおかしくない状況を、社長自らが作っていたことになる。

普通、騒動の渦中に、社長がマスコミのインタビューを受けるなどありえないことである。下手に取材を受け、口を滑らせでもすれば、社長の発言として大々的に報じられ、そのリスクは計り知れないものがあるからだ。

実際、この人物の口から飛び出した「人体に危害を加える性質のものではない」との発言や、「消費者に知らせると、問合せが殺到し、修理に対応できなくなり、かえって迷惑をかける」との弁明が、親会社の社長である谷井を打ちのめした。

谷井は、社長辞任後、側近のひとりに述べている。「あれがいちばん応えた。自分は製造人やからなあ……」。

元副社長のひとりもまた、感慨深げに語った。「冷蔵庫事件が、あんなに大きく報じられなければ、谷井さんはやめなかったと思いますよ。それまでは、取締役会でも正治さんとやり合っていましたから」。

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