佐藤:「覚醒存在」という表現自体、じつは非常に面白い。英語では覚醒剤を「スピード」と呼ぶんです。服用すると脳神経系が活性化して、しばらくの間は寝る必要もない。その代わり、体はボロボロになる。
中野:「現存在」がおかしくなってるんですよね。認知エリートが増えることは、シュペングラーに言わせれば、それこそ「文明の没落」そのもの。
近代文明をめぐる神話が崩壊した20世紀
佐藤:ただし認知エリートの知的空洞化が進んだのには、テクノロジーの進歩による世界全体の加速化とは別の要因もあると思います。つまり「近代文明は世界を豊かで幸せにする」という神話の崩壊。
第1回の座談会で、消費税の導入には10年かかったという話をしましたが、じつはこの導入論議、「戦後批判の神話」とも言うべきものに支えられていました。敗戦以来、わが国は新しい国づくりを目指したわけですが、高度成長の終焉でまた挫折した。そこで「今までの福祉国家路線は間違っていた。新自由主義的な改革を推進すれば社会に活力が戻り、さらなる繁栄が達成される」という神話が生まれたのです。
こうして「財政再建と格差容認」の方向性が打ち出される。しかるに格差を容認するのなら、累進性のある税を引き下げて、逆進性のある税で置き換えるのが望ましい。消費税が導入されたのも道理ではありませんか。
消費税の神話的背景については、2021年に刊行した『感染の令和』(KKベストセラーズ)や、オンライン講座『日本を救う主権への回帰』(経営科学出版)でじっくり論じたので、詳細はそちらをご覧いただきたいのですが、さすがに平成も後半になると、「新自由主義的改革による繁栄」という神話が崩壊を始めた。ところが今回は、それに代わる新たな神話が出てこない。
となれば現実を否認して「物事はうまく行っている、成果はちゃんと上がっている」と言い張りたくなるのが人情。しかしこれでは、自由な議論などできるはずがない。だから意見をすり合わせるふりだけして、意固地に突き進むのが政権運営の処世術となった。すべては必然の帰結という次第です。
世界的に見ても、20世紀は近代文明をめぐる神話が崩れだした時代でした。「ヒトラーには英雄の晴れやかさがない。ヒトラーは20世紀そのもののように暗い」と言ったのは三島由紀夫ですが、われわれは当の暗さをどうにもできないまま21世紀に入り込んでいる。それでテクノロジーのレベルだけ上がっていったら、認知エリートもおかしくなりますよ。