「倍速消費」並みになった合意形成のスピード感 政策が次々と「検討なく」決められている理由

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中野:はい、ありがとうございます。続けて古川さん、いかがでしょうか。

政治が「公共の利益」に奉仕しない

古川:私は、「合意形成の放棄」という問題は、すなわち「ナショナリズムの放棄」という問題であると言ってもよいと思います。つまり、政治家が根回しや議論を通じて合意形成をしようとしない背景には、異なる意見や利害を持つ人々を、もはや同じ国民、同胞として見なしていないことがあると思うんです。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年、三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『大人の道徳:西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、共編著に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

ネーション、つまり国民という共同体は、利害や価値観が異なっても、それでも自分たちは歴史と運命を共有し、共に生きていく仲間であるという意識に支えられています。しかし、この種の同胞意識や仲間意識が失われつつあるように思います。

例えば、いま北海道では、HBC(北海道放送)が製作した『ヤジと民主主義』というドキュメンタリー映画が公開されて話題になっています。2019年に当時の安倍晋三首相が札幌で演説をした際、ヤジを飛ばした一般市民を複数の警察官が取り囲み、その場から排除したという、いわゆる「ヤジ排除問題」を扱ったものです。

その少し前にも安倍さんは、自分にヤジを飛ばした人々を指して「こんな人たちに私は負けない!」と叫んで物議を醸しました。一国の首相が、同じ日本国民に対して、いくらなんでも「こんな人たち」はないだろうと批判されたわけです。

つまり、もはやいまの政治家は、自分に反対する人々を、同胞や仲間とは思わず、たんに「敵」としてしか見なさないようになってしまっているように思います。そうなると、政治は「全体の利益」や「公共の利益」ではなく、もっぱら特定の階級的利益に奉仕するものでしかなくなってしまいます。

他方、施さんがおっしゃった、リベラル派の学者たちが一般大衆に呼びかけなくなってしまったという問題も、このナショナリズムの放棄という問題と関連しています。

例えば、最近の事例でいうと、昨年12月に国立大学法人法が改正されました。これなども、大学の外部に意思決定機関をつくって、そこからトップダウンで新自由主義的な大学改革を断行しようとするもので、しかも、当の国立大学協会等にさえほとんど何の相談もなく、ろくな議論もしないまま、わずか3か月足らずで強権的に法案を成立させてしまいました。

これに対して、リベラル派の学者たちは当然、反対運動をしました。しかし、たぶん一般の大衆のほとんどは、そんな問題があったことさえ知らないでしょうし、知っても自分には関係のないことだと思ったでしょう。というのは、学者たちが言っていたのは、もっぱら「民主主義を守れ」「大学の自治を守れ」「学問の自由を守れ」という、普遍的な理念ばかりです。確かに、言っていること自体は正しいのですが、それでは一般の人々には届かないでしょう。

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