自国ファーストが支持を得ても国益を損ねうる訳 ケインズ著『新訳 平和の経済的帰結』(書評)

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ミクロでは正しくとも、マクロでは正しくない

それを理解する手掛かりは、ケインズが若き日にケンブリッジ使徒会でムーアから学んだ「合成の誤謬」という着想にある。これは、個々の観点からみて正しいことが、全体として好ましい結果につながるとは限らないというものである。

ミクロ的観点からすれば、フランスによる報復は、国民感情としてもっともであるし、講和会議で各国が自国の利益を追求するのも自然なことである。するとドイツに賠償金を請求するしかないという流れになるが、そのドイツに支払うだけの金がないという問題があった。ドイツから賠償金を取りたいなら、支払いが可能になるような状況を確保してやらねばならないというのがケインズの主張である。ドイツが金を稼ぐ手段を封殺しておいて、金を出せというのは無理な要求である。金を稼げないなら払おうにも払いようがないからである。

アメリカについても同様のことが言える。債務の返済を求めること自体は正当なことである。アメリカはヨーロッパの債務減免を認めず、返済を要求したが、ヨーロッパには返済にあてる金がなかった。それを得るための手段は、産業を復興させ、対米輸出を増やしてドルを稼ぐことであるが、折しも世界はブロック経済化していき、当のアメリカが高関税を課すことでそれを邪魔してしまった。

対独賠償をめぐっては、ケインズの提示した20億ポンドという数字ですら過酷すぎたという評価もあれば、逆にヴェルサイユ条約がそこまで懲罰的なものではなかったという主張もある。その後の歴史の展開をみると、ドイツは休戦から1923年のフランスによるルール占領までのあいだに、10億ポンド以上を支払っている。この数字だけを見ると、一見、ドイツには意外と余力があるようにみえるかもしれない。

しかし戦前も戦後もドイツの貿易収支は赤字であり、賠償金を払う金などどこにもなかった。ドイツが曲がりなりにも数年間、支払いを続けられたのは、膨大な対外借り入れによってである。その後、当初の賠償案には現実味がないことがわかってきて、ドーズ案、ヤング案による措置を経て、ドイツの負担はある程度軽減されていく。

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