ドイツの経済力を支えていた基盤は石炭と鉄鉱石であったが、ドイツはこれらの資源の主要産出地を奪われることになっていた(第4章)。ここにも、なんとかしてドイツの再生を阻止し、国力を削ごうという意図が透けて見える。
この賠償案が通ると、ドイツは向こう数十年にわたって、生み出した富のほとんどを吸い上げられることになる。ケインズはこうした方針を痛烈に批判し、「敵国の子どもたちにその先祖や支配者たちの過ちの責任を負わせる権利などない」(177頁)と主張した。
破産の危機に瀕するヨーロッパ
いま一つの論点として、フランスをはじめとする連合国側も相当資金難に困っていたという点がある。フランスは帝政ロシアに多額の融資をしていたが、革命政府が支払いを拒否したため、その債権の多くは回収困難になっていた。そしてフランスはイギリスやアメリカから多額の借り入れをしており、それを返済するためにはなんとしてもドイツから賠償金を搾り取らねばならないという破産の瀬戸際に追い込まれていた。イギリスはイギリスで、フランスなどヨーロッパ諸国に金を貸し、アメリカから借金をしていた。つまるところ最終的な債権者はアメリカであった。
ケインズは、「ヨーロッパは、その困った問題を乗り切るには、アメリカの鷹揚さを実に大いに必要としているので、まずはヨーロッパ自身が鷹揚なところを見せねばならない」(118頁)というが、話はそう簡単ではなかった。アメリカは元々孤立主義的な傾向が強く、ヨーロッパの醜い争いに嫌気がさして次第に関与する意欲をなくしていった。
にもかかわらずその後、アメリカ主導でドーズ案やヤング案という形で対応に乗り出したのは、自国民がドイツに対してもっていた債権を回収するために他ならない。第2次世界大戦の際には、アメリカはかつてない「鷹揚さ」を見せるようになったが、この時点ではアメリカの鷹揚さは限定的なものであった。
ケインズの考える理想的なシナリオは、連合国間の債務を帳消しにし、最終的な債権者であるアメリカが債務の棒引きに応じてくれることだったが、これはヨーロッパに都合の良い提案であり、アメリカに応じる理由がなかった。
この本は、ケインズの名声を高めたが、必ずしもすべての人に受け入れられたわけではない。フランスやアメリカで反発を浴びたことは想像にかたくないし、イギリスの読者でも、なぜケインズが特にゆかりがあるわけでもないドイツにここまで肩入れしたのか、いぶかしく思う者もいた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら