人目を気にして女の元に行くことのできない夜は、辛抱できず、恋しくて苦しくすらなってくる。もういっそ、素性もわからないまま女をこの二条院に迎えてしまおう、と光君は決意する。世間に知られれば非難もされようが、こうなるめぐり合わせなのだ、こんなにも女に心を奪われたことなど今までなかったのに、自分たちにはいったいどんな深い宿縁があるのだろうと思わずにはいられない。
「どこか、人の目を気にしないでいいようなところに行って、ゆっくりお話ししたいものだね」
光君はそんなふうに女を誘ってみた。
なんとかわいらしい人なんだろう
「でも、やっぱり心配です。そんなふうにおっしゃいますけれど、ふつうとは思えないお扱いですもの。私はなんだかおそろしいような気持ちです」
女はそんな子どもっぽいことを言い、それもそうだと光君はつい笑う。
「そう、私たちのどちらが狐(きつね)なのかな。ただ黙って私に化かされていてくれませんか」
とやさしく言うと、女はすっかりその気になって、それでもいいと思っているような様子である。どんな妙なことでも、黙って聞き入れようとするその心がいとしく、なんとかわいらしい人なんだろうと光君は思う。そう思ったとたんに、やはりこの女は、頭中将が話していた常夏(とこなつ)の女ではあるまいかと疑念も抱く。しかしそうだったにしても、秘密にしているのは何かわけがあるからだろうと、光君は女にとりたてて訊き出そうとはしなかった。
今のところ、拗(す)ねて行方をくらますような女には思えないけれど、もしかしてしばらく訪ねずに放っておいたら、そんなことにもなるのかもしれない。こんなにも一途に思いこんでしまう恋よりも、ちょっと飽きて夜離(よが)れをしたくらいのほうが、この女のひたむきさをもっと感じられて、恋は深まるかもしれない……、などと、光君はそんなことまで考える。
次の話を読む:綱渡りな「明け方の恋の道」に募る、その女の不安
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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